第2話

「義兄様……っ。私もう頭が痛い。お金が……。どうしたらいいのか、もう解らない……」


 ボリボリと片手で頭を掻きながら、空いた手で涙目のマタの頭を撫でてやるクズ。


 マタはひしっと蝉のように義兄へ密着した。


 一連のやりとりを見ていた他の団員達も、団長であるクズの決定を待っていた。


「……まあ、ここまで資金繰りがヤバくなっちまったらなぁ。近隣の村や町に移動しても、ここらはナルシストが狩りつくしたから依頼も殆どないだろうしな。普通に考えて、王都で報酬の高いクエストを受けてくるしかねぇだろ。――ま、誰か一人が代表で行ってくればいいんじゃね?」


 何処か他人事のように言うクズ。ものぐさの極まりを体現したかのような態度である。


「なんでクズ君はこうも、投げやりでものぐさなんだい? 昔、お婆さまが話してくれたんだけどね。あらゆる草が最後には花を咲かすけど、ものぐさにだけは花が咲かないそうだよ?」


「――はっ。草ぁ! そんなもん全ての草を調べてからいってくださーい。他にも花が咲かない草があるかもしれまーせんっ。ということで、俺はものぐさに寝る! ナルシスト、お前が原因なんだからよ。王都のでっかいギルドとかから、報酬の良くて安全な仕事をもらってこいよ」


 王都まで行くのは相当面倒くさく、絶対に自分がやりたくなかったのだろう。


 ナルシストに全てを押しつけた。


 今現在傭兵団が駐留している場所から最寄りの王都――セレネル王国の王都までは懸命に馬を駆けさせて約二日。


 徒歩なら五日はかかるだろう。


 馬に乗れば鞍と擦れて尻が痛いし、徒歩ならとにかく疲れる。


 ものぐさな団長が行きたがるはずがなかった。


 ――通常の思考状態では。



「義兄様……私、頑張った。でも、でも……」


「マタ、俺は団長だぞ? 団長はドッシリ構えてバタバタ動くべきじゃない。それは部下の仕事だ」


「むう……。また屁理屈で意地を張るか。なら、私も義兄様の弱点――女を使って意地でも動かす」


 マタが不機嫌そうに目を細めて言うと、クズは――鼻で笑った。


「義兄ちゃんな、その石畳みてぇな胸をせめて獣道程度変えてから『女を使う』とか言えって思うんだ。だってほぼ肋骨の凹凸だけ、綺麗に整備された街道みたいじゃん。なんだ、全ての道はマタに通ずってか。その胸で男を騙すには百年早い、いや百年したら垂れて液状化しちまうか。ハハッ上手いな俺」



 クズは楽しげに笑いながら頭を撫で――マタの額にはピキッと血管が浮かんだ。


「……アイシクル・バインド」


「うおっ!? 脚が動かねぇ! 冷た過ぎてか、感覚がなくなるッ!」


 マタが持つ魔術杖に魔力が集中したと思うと、クズの足下周りが凍り付く。一気に摂氏マイナス二一九℃以下に冷却する事で、空気が凍り相手を動けなくする。魔道を征くマタの得意技だ。


「義兄様……」


「おい、今のはさすがに義兄ちゃんが悪かったから、冗談が過ぎたから! 解放してくれ!」


「本当に石畳か、確認してみるといい。――残った部分の、敏感になった感覚で」


 お腹にギュッとマタが抱きついた。


 ――実り乏しくも確かに存在する胸がクズの背中を襲う。


 食を求めて必死だから、力強く押しつぶすように。ぎゅにゅぎゅぎゅにゅと。


 やや小ぶりだが、確かに存在しているからこそ(男性の)探検者魂が刺激されるマタの胸部!


「団長、私からも御願いします……」

「私達、お腹が減ったんです……そうすると、胸も減るかも……」


 左右の腕にも女性団員が胸部を押しつける。


 一説によると、馬に乗っている時、背中に胸を押しつけられると、男は刃物を腹に刺されても痛みを感じないらしい。

 全神経を背中に集中しているから。

 今は、凍った以外の部分に尚更集中している。


 こんな男の憧れ状態にクズの反応は――。



「――ぇ……ッ!? あ、そのっ……ぁっ」


 激しく動揺し狼狽していた。


 顔は真っ赤に染まり、脳は沸騰して正常に機能しないだろう。


 クズは極度に照れ屋で、言ってしまえば童貞を拗らせていた。


 女性が好きだが大勢に囲まれたり、やわ肌が強く接触し強く女性を感じると――テンパるのだ。


「義兄様……ナルシストがスムーズに良い仕事を受注出来る訳がない。どうか、私達のことを助けて」



 更にギュッと抱きついて、潤んだ瞳で上目遣いをするマタ。


 血のつながりがない義妹だからか、クズにとってマタの表情は胸がキュッとなるほど可愛いかった。


 そんな甘い誘惑に晒され続けたクズは――。


「――おいおいマタ、お前等。この俺が宝石よりも美しく、何よりも大切なお前を……そして団員達をよ、見捨てるわけがねぇだろ。――そこで大人しく、俺の帰りを待ってな?」


 ――通常の反応は不可能であった。


 完全に脳が沸騰している恥ずかしい発言。


 空気に飲まれてしまっている。


 驚くべき力で氷を破壊し――氷片が陽光を反射しキラキラした空気感を出す。


 そんな中、旅支度をサッと済ませる。


 光纏う王子様のようなクズの姿を見て――マタや女性陣は内心でほくそ笑んだ。


 完全に、女性陣の掌の上で転がされていた。


 状況を理解する余裕などないクズは自分の愛馬へ二日分の食糧と荷物を積み、ひらりと跨がった。


 そして背筋をピンと伸ばして、馬を団員全員が見えるところへ移動させ――。


「――俺はみんなに、報酬の良いクエストを持ってくると約束しよう。飢えなんて邪魔もんは、これでおさらばだ。交渉や契約も合わせ、一週間で戻る!――だから俺がいなくても、寂しがるなよ? じゃあなっ!」


 ハアッ! と馬を駆けさせ颯爽と傭兵団のキャンプを後にしていった。


 傭兵団一同は声援でもって、クズの背中が見えなくなるまで見送った。



「……そろそろ、みんなが見えなくなって冷静に後悔している頃?」

「僕が思うに、そろそろ恥ずかしさで悶えているころだろうね」

「その恥ずかしがる姿も可愛い。義兄様は心が弱い。だけど、そこが人間らしくていい。……義兄様が悶える所が見たい」


 そんなあんまりにもあんまりな予想を立てられていた。


 さて、そんな予想に対しクズはといえば――。




「――――――――ぐぅにゅぬぅぅぅうううううううううえぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」


 愛馬のたてがみにギュッとしがみつき、恥ずかしさから言葉にならない言葉を呻きだしていた。


 心なしか馬が迷惑そうである。走るのに邪魔だと言いたそうな目をしている。


「胸で転がすとは卑怯な、卑劣なぁああああああああああああああああっ……っ!!」


 悲しいことに男という生き物は、格好良いと思ったことを言った後、黒歴史化し後悔する生き物なのである。


 クズの場合には毎度毎度、黒歴史化する程にテンションの波が激しい。


 あまりの羞恥にぷるぷると震えている。


「俺の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああっ!」


 やがて少し落ち着いてきた頃、彼は涙目でそう叫んだ。


 あれだけ格好の良いことを言っておいて、今更キャンプへ戻れるはずもない。


 セレネル王国の王都へ少しでも早く着くように、クズは涙目で必死に馬を走らせた。


 さて、かの傭兵団について改めて簡潔に御紹介しよう。


 マタ、ナルシストの古参幹部二名。そしてクズ団長!


 以上、常識に囚われない社会不適合者三名!!


 そして一般団員三十七名、総計四十名!!


 彼等こそが、『自由』というあてなき流浪の旅を続ける『失落の飛燕団』の要人である――ッ!

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