7話

「――ああ、俺だよ。生きてやがったんだな」


「クラウス……! あ、ああ。お前こそ、生きていたのか。――昔とは、随分と変容したな……クラウス」


 信じられない者を見たと、驚愕に眼を見開くランドルフ。


 クズの方は頭目の正体に予測がついていたのか、落ち着きながら強烈な殺気を眼光に宿す。


「――ああ。俺は最後まで王都を目指した。……無力だったがな。王都が陥落したあの日も、その場にいたよ。あんたの無計画で危険に晒された家族を助けるために、俺は走った。――だが、義母さんは助けられなかった」


「それは……っ。待て、義母さんは……だと? お前だけでなく、エロディアやマルタ―も生きているのか!?」


「ああ、少なくともマルターは生きているさ。磔で晒された義母さんが、最期まで護ってくれた。エロディアに人質になってくれとも言えず泣いて逃げて、戦場からも逃げたあんたと違ってな」


「ぐっ……わ、私だって家族を護ろうと……ッ! それが親に対する言葉使いか!」


「親らしくふるまえねぇ奴が親の権利を主張してんじゃねぇぞ。寝ぼけたこと言いやがって。あんたがやったのは、母国を裏切り家族を危険に晒しただけだ。それが親として在るべき姿だって言うつもりか」


「わ、私とてクレイベルグ帝国に騙されたのだ! 家族と地位を安堵するという約束を反故にされ、命を落としかけた! 影武者のおかげで何とか少数の兵士と逃げ切ったが……っ!」


 ――自分だって辛かった。


 そう主張するランドルフの姿に、息子であるクズの憎しみは増幅するばかりだ。


「あんたの言い訳なんざ、これっぽっちも興味がねぇんだよ。結果から目を背けて恥の上塗りは止めろ。あんたのおかげで、俺達は自国民からも命を狙われた。国を、大恩を裏切った売国奴っててな」


「私は、被害者だ! 私とてお前たちを助けようと……っ」


「被害者面してんじゃねぇぞクソ野郎。てめぇだけ落ち延びて、野盗として人様に迷惑かけ続けて……よくも偉そうに言えたもんだな。あんた、今日までの間にどんだけ無実の人間を殺した。必死に生きる人様の笑顔を強奪してきた?」


 クズは底冷えする眼差しに、ランドルフは射竦められる。


 爽やかで優しい笑みを向けてくれていた息子の顔と重ね――あまりの差違に受容できなかった。


「――だ、黙れっ! 貴様に私の苦しみの……屈辱の何が分かるっ! クラウス――ッ!」


「あんたの事情なんか、分かりたくもねぇよ。死んで義母さんに詫びろ。――喜べ、あの世までは俺が送ってやる。まぁ、テメェは義母さんと違って地獄だろうがな」


 腰の剣を抜いて斬りかかってくるランドルフ。


「ゴミを燃やし尽くせ、サラマンダーッ!」


 クズも右腰に帯びていた錬金術製のバスタード・ソードを抜刀し、サラマンダーに指示を出す。


 サラマンダーの業火はクズの怒りを代弁しているかのように、ランドルフに猛然と降りかかる。


 当然だ。

 精霊達は、ボロボロで魔力も気力も無いクズを通して――クズのその目から、当時の全てを見ていたのだから。


「ウンディーネとサラマンダーは俺の援護をしてくれ!」


 ――わかったのじゃ!

 ――やってやろうじゃねぇか……っ!


「……昔よりも精霊の実体化が顕著になっている。――また強くなったようだな、クラウスッ!」


「――はっ! 誰かさんのおかげだよ。国という籠に囚われず、自由に見聞を広められたんでね!」


 一足飛びに斬りかかってきたランドルフの剣を受け、鍔迫り合いになる。


 クズが磨いた錬金術の粋を凝らした剣と、ヴィンセント公爵が持つ名剣がギリギリと音を立てる。


 至近距離で会話を交わし――親子の奏でる剣戟が始まった。


 精霊は術者の力量――そして絆の強さで顕界される明瞭度と能力が変わる。


 クズは数々の苦難を精霊達とともに乗り越え、憎まれ口をたたき合いながらも、精霊との絆はほぼ最高値。


 現世で実体化させる程にその力量を引き出していた。


 幼きクズにアナント式宮廷剣術を教えてきたランドルフ。


 アナント式宮廷剣術を教えた師でもあるランドルフに――ヘイムス式宮廷剣術で戦うクズ。


「くっ……ッ! 貴様!」


 この戦い方を、ランドルフは自分への反抗だと感じた。


 剣の実力は拮抗している。

 脚を止めず両者は切り結ぶ。

 交差する剣尖。

 クズの背中を取ったと思えば、背後に目が付いているかのようにクズは背後からの剣を受け止める。


「――それ程までに、俺が教えた剣を使いたくないか! クラウスッ!――この親不孝者がッ!」


 息子の背を睨みながら、クラウスが抑えがたい感情を声と剣に載せる。

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