14話

「毒を多少吸って、死期が早まっただけのこと。――大差は無い」

「ふざけんなよ、テメェも後ろに――」

「クラウス、傭兵となったお前に……ワシから依頼だ」

「こんな時に何を言ってやがる……ッ!」

「――クララを救ってくれ。安全な王都や、何処かへ連れて行ってくれ。――報酬は……ワシの全財産だ」

「……なん、だと?」

「クララは、ワシの家族は――宝だ。……頼む、我が弟子よ。報酬の場所は、ワシの遺族に聞け」


 覚悟を決めた視線に、迷いは無い。

 だが病と毒で死期が近いのか――目は光なく淀んでいる。


「……俺は、高いぜ?」

「値段など気にせん。どうせ、あの世に財産は持っていけない」

「――俺は前金を貰う主義でな。だが、金はここにねぇだろ。なら、前金代わりは――あんたがベッドの上で息を引き取るのを、眺める権利だ」

「クラウス、お前……!」


 驚愕にアウグストがクズへと視線を向ける。


「前金を払う前に死なれたら、契約は破棄だ。――死ねなくなって残念だな、じじい」

「――全く、不器用な優しさだ。病を抱える老骨の死に場所さえも、クズは奪うか」

「ああ――俺はクズだからな。あんたの死に場所は戦場にさせてやらねぇよ」

「無念だが――孫娘のためでは仕方ないッ!」

「ああ、仕方ねぇな!――マタ、早くしろッ!」


 死ぬ前の最後の輝きとばかりに速度を増すアスグストに付いていきながら、クズはマタへ指示を出す。

 後ろから「わかった」という声が聞こえたのを合図に――クズも震える手足に力を込めた。

 既に限界まで走り込みをしたように力が入らない。

 だが、それでも――止まれば死ぬ。


(時間を稼ぐには……攪乱しろっ! 止まるな、常に動け!)


 ドラゴンの左目がクズを捉えると――。


「――どこを見ているか、トカゲめ!」


 投石で、アウグストは抉れた右目の傷口を狙う。

 かといってドラゴンが苦痛で右を向けば――。


「腹がぶよぶよだぜッ」


 燕のように素早く潜り込んだクズが、柔らかい腹を切り裂く。

 縦横無尽に動き回る二人を前に、ドラゴンはぐるぐると攪乱され――。

 笑っているかのように、グルルという鳴き声をあげた。


「どこをみて――ッ! まさか……ワシらを無視して、クララたちの方へ!?」


 ドラゴンは口を開き鋭い牙を向き出しに――治療を受けている者たちの方へ駆け出す。


「ドラゴンは賢いっていうが、弱ってる味方を助けるヤツが弱点ってことまで見抜くかよ!?」


 クズとアウグストも即座に駆けだし、ドラゴンの隣を並走する。


「――はぇえなっ! 錬成!」

「よくやった! 多少転ばすだけでも、ワシ等が前に出られる!」


 このままでは、一番近いアナが一番にかみ砕かれる。

 そう思ったクズは錬金術でドラゴンの足場を崩し、転倒させる。


 ――だがドラゴンは、即座に立ち上がりまた駆けだし――。


「――……ぇ」

「――アナッ!」


 アナを噛み殺すべく顎を開く。

 クズはアナを助けるべく、必死に足を動かす。

 もはや斜め後方から駆け寄るドラゴンと、どちらが先にアナの元たどり着けるかという勝負だ。


「また失ってたまるかよぉおおおッ!」


 手足は疲労で鉛のように重く、痺れているようにすら感じる感覚の無さ。

 それでも懸命に動かすが――ドラゴンの呼吸が追いすがっている気配を感じる。


(畜生、はぇえッ! このままじゃ、先にアナの所まで行かれるッ!)


 そんな時――。


「老いぼれようと、病に伏そうとも変わらぬ信念がある!――ワシは、クラウスの師だッ!」


 同じく斜め後方から、アウグストの声が聞こえてくる。


(アウグストの爺!? このスピードに付いてこれてんのか!?――いや、老いたあいつがこんな早く動ける訳がねぇッ!)


 よそ見をする余裕は無い。

 クズは少しでも早く、アナの元へと駆け寄らねばならないから。


「――愛する女を護る弟子の邪魔など、させてなるものかァアアアアアアッ!」


 ガギィィンと、硬い物同士がぶつかり押し合う音が聞こえてくる。


(まさか、いや……っ。今のあいつは、病で俺より力が弱い筈だッ。そんな訳がねぇ!)


 本当は振り向いて確かめたい。 

 だが自分が愛する人を――必ず護る。

 これこそが第一優先だ。


「クラウス……っ」

「――アナっ!」


 クズは固まっているアナを抱きしめながら地を転がって回避行動をとり――追ってきていたドラゴンの方へと剣を構える。

 すると――。


「じじい………あんた、どこにそんな力が残って……っ」


 アウグストが、たった一人で巨体のドラゴンを押しとどめていた。


(闘技場では、鍔迫り合いで俺に負けたのに……っ。なんで、そんな力がでるんだよ……っ)


 かつては筋骨隆々としていた肉体。

 数年ぶりに出会ったアウグストは――病によって枯れ木のように細くなり、別人と間違えてしまうほどだった。

 そんな老体が……力の象徴として崇め、怖れられるドラゴンを単身で押しとどめている。


「ぬぅうあああッ!」

「押し返した、だと……ッ!?」


 それでどころか、遂にドラゴンを押し返した。

 開いている顎を蹴り上げ、よろめきながらドラゴンは後ろに数歩下がる。

 だが――。


「また……ッ! ブレスだ、逃げろ爺ッ!」


 ドラゴンは有効だったブレスを再度繰り出すべく、大きく口を開いた。

 クズはアナを護る位置に立ちながら、アスグストの背中へ声をとばすが――。

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