15話

「――その必要は、ないよ。ヒーローとは、最も危険な時にやってくる。それが――美学だ」

「ぼくたちを忘れないでほしいのです、クズ団長殿っ!」

「なに……っ!?」


 クズの右後ろから爽やかな声がしたと思えば、矢が風を切り――口を開けたドラゴンへと吸い込まれる。

 左側からは、ボロボロになっている小柄な少女が一陣の風となって吹き抜けていく。


「ほいっ!」


 あっという間にドラゴンの口元までたどり着いたかと思うと――矢を受けて苦しんでいるドラゴンの顔面を殴りつけた。


「ぬう……ッ! ドラゴンの顔の骨や牙を砕くとは……っ。凄まじいパワーだ」

「クズ団長殿のお師匠様、ぼくもまだ戦えるよ! 一回下がって治癒魔法を受けてきて!」


 アウグストと並び立つようにドラゴンへ向き合うのは――チチだ。


「しかし、ワシは……ッ」

「ここはぼくに任せて! 無駄死にはダメッ! 死んだら、もう戦えないし護れないんだよっ!」

「……感謝する、小さき戦士よ」


 アウグストは拳でドラゴンと激戦を繰り広げるチチと、遠隔からサポートする矢を見て――ジリジリ後退していく。

 そんなアウグストの前に――。


「なん……だと?」

「俺たちもいるっす……! しばらくの間、回復に努めてください!」

「私たちは、だれかに助けて貰うのを待つ寄生虫じゃない!」


 傭兵団の面々までもが武器を持ち、アウグストを護るようにドラゴンとの壁として立っている。


「お前ら……動けたのか!?」

「そんな訳、ない……っ。私たちが薬を飲ませてから、まだほんの少し。ほとんど効いてないはず」

「少しでもいいんすよ……っ」

「私たちは、クズ団長のおまけじゃないんです!――仲間なんですから!」

「対等にあるもの、あろうとする者――それが、仲間という美しい姿なんだよ。マタちゃん、クズ君。……さぁ、僕らが壁になっている間に早く体勢を立て直すんだ」

「お前ら……」

「クラウス……。ありがとう、私も――役割を続ける」

「アナ……」


 腕に抱かれていたアナはクラウスの腕から離れた後――頬に軽く口づけをして、まだ動けない兵士たちの元へと駆けていく。

 再び薬を飲ませたり、癒やしの精霊術を使いに行ったのだろう。


「クラウス……」

「爺、無事だったな……。オラ、あんたの分の薬だ」


 アウグストは薬を飲み、僅かに体内の毒が打ち消されていくのを感じた。


「よい仲間を持ったな……」

「ああ……。傭兵団ってのは、いいもんだ」

「そうか……。まるで互いを助け合う家族だ」

「歪んだ家族愛を押しつけるヘイムス王家より、よっぽど家族らしいな」

「ふ……。そうかもしれんな。ワシも、こんな仲間と旅に出たかった」

「すればいいだろうが。何をもう出来ないみたく言ってやがる」

「ワシは病で、残り数ヶ月の命だ。……今さら、旅もできんだろう」

「爺……」


 最前線で戦うチチが押され始めた。

 巨大な爪や尾を巧みに操る暴力の化身に、辛そうな顔をしている。

 援護している傭兵団の一部を含め、全員が満身創痍の中で戦っているのだ。

 一瞬で命が吹き飛ぶような一撃が繰り出され続けている。

 そんな姿を、黙って見ていられるような二人ではなかった。


「さて、若者に楽をさせてもらうのも――終わりだ」

「ああ、俺も――最期まで付き合うぜ。爺の介護だ」

「――好きにするがいい」


 傭兵団の作った陣形から、二人の戦士が風の如く跳び出る。

 一人は大きめの剣を下げながら、もう一人は二刀を下げながら大地を駆け――。


「「沈めェエエエッ!」」


 チチに集中し、大きな爪を振りかぶっていたドラゴンへと斬りかかる。


「――クズ団長殿、お師匠様ッ!」

「よくやった、チチ! 今度はお前が下がる番だ! 休憩して来いっ」

「お嬢さん、感謝する。お陰でもう一戦、交えられそうだ」

「……悔しいけど、わかったよ! これは、仕方がないのですっ」


 既に手や腕の骨は折れているのか、にこりと笑って――チチは下がっていった。


「引き時を弁えている。良い指揮官になりそうではないか」

「ああ、戦闘狂の性格が直ればなッ!」


 忌々しそうに呻きながら突進してくるドラゴンの牙を――二人の刃が砕く。

 まともになど受けない。

 敵の突進力を利用し、独楽のように回転して――。


「ぬんッ!」

「オラァアアアッ!」


 砕けた牙の隙間から見える粘膜に、刺突をいれる。

 悲鳴のような咆哮をあげながら、ドラゴンは大きく後ろへよろめいた。


「――魔力はどうだ、クラウスッ!」

「とっくに枯渇寸前だよ、クソ爺ッ!」

「ならば外から吸って、体内で練れ! やり方はわかるか!」

「誰に言ってやがるッ! 昔、あんたに魔域に投げ込まれた俺だぞッ!」

「そうだ、ここは魔域に近い! 大気には魔力が満ちているッ。――練った魔力がヤツを討つに足るまでは、ワシに任せろ!」


 そう言い放ち、アウグストは単身でドラゴンへ追撃をかけにいく。


「ぬぅおあああッ!」


 そんなアウグストの背中を眺めながら、クズは小さく高頻度に呼吸をして――。


「……あんたは、こういう危機も想定して俺を怪物の住処に放り込んだんだろうな。……獅子は、可愛い我が子を千尋の谷に落とす、か」

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