16話
幼い時、真っ暗な魔域で死にかけた修行を思い出す。
魔力を練れず、死にかければクララとともに『修行が足らん。死んだら、何も護れん』と言いながらも救ってくれた師匠。
治療だけしたらすぐに姿を消し――一人で生き残れるようになるまで、暗闇に落とされ続けた。
「……俺じゃなきゃ、精神が死んでたぜ。アナっていう、護りたい女がいる俺じゃなければよ」
そんな自分より強者だった男が――今は、余命幾ばくも無いという身体に鞭を打ち、強大なドラゴンを相手に単身時間を稼いでくれている。
(戦い方を見れば分かる。……負けない為の戦い方、勝つための戦い方じゃねぇ)
どう考えても時間稼ぎをするため――煙幕や小型の武器、小規模の魔法による罠を駆使している。
「……そこまで、俺なんかに期待すんなよ。……俺がトドメを刺してくれるって、言ってるような戦い方じゃねぇか」
魔力を練りながら、クズは渋い顔をして戦いを見つめている。
すると――。
「クズ君、まずい! 煙幕の中でドラゴンが口を開けたッ! ブレスの予備動作だよッ!」
眼の良いナルシストの声が響いてきた。
「おい、聞こえただろ爺ッ! もういいから、下が――」
「――断る」
「……なん、だと?」
懸命に叫んだクズの呼びかけにかえってきたのは、拒絶を告げる柔らかな声言葉だった。
「何を言ってやがる、早くそこから逃げ――」
「――来るな、クラウス。ギリギリまで魔力を練っておけ。……この意味が、わかるな」
弟子や子供をしかりつけるような言葉に、クズは動きを止めてしまう。
アウグストの意思の強さを、感じてしまったから。
(必ずブレスは止めるってのか。武人のあんた一人で、どうやってだよッ!)
「クラウス、お前なら……ワシの最後の依頼、果たしてくれると信じている」
「あんたが犠牲になっている間に、精霊を全力で顕現できるだけの魔力を溜めろってのか……?」
クズの声が――身体が震えている。
「……数多の実践に敗北。苦い思いを経験して、クラウスは強くなった。騎士道の名誉を捨て、狡猾だろうと勝利を重んじる。そんなクズと呼ばれるお前を、ワシは誇りに思う。今や剣の実力も、全盛期のワシを上回るだろう」
「……なんだよ、遺言みてぇによ。忘れたかよっ。俺がクララを護る条件は、あんたの死に顔をベッドで見ることだッ!」
「――お前は、まだ甘い。犠牲の少ない勝利を狙い、隙や油断が多い始末だ。……護りたい対象を護れない卑怯者は、クズではなく愚劣や卑劣という」
「年寄りの小言なら、平和な飲み屋で聞いてやる。俺が錬金術を使うから、今は距離を――」
「――そのまま聞け、クラウス。無駄な犠牲者を増やせというのではない。必要な犠牲を受けいれろ。……強大な敵から勝利という結果を得るために、犠牲は付きものだ」
「クソ爺、なんのつもりだ……」
「ドラゴンが首をもたげて息を大きく吸い始めたッ! 早く逃げるんだ!」
ナルシストの叫び声にも焦燥感が混じっている。
いよいよ、ブレスまで時間が無い。
「戦場で追い詰められた相手に罵られるのは、最大の賛辞だ。誇れ、そして極めろ。譲れぬ大切な者を護るため、最強最悪のクズとなれ。……ワシが今から――クラウスの師として、最後の手本を見せよう」
風に流された煙幕から――アウグストが微笑んでいるのが眼に入る。
(なんだよ、そんな晴れ晴れとした顔……俺に向けたこと、なかったじゃねぇかよ)
クズの脳内には、怒鳴りつけたり孫馬鹿なアウグストの表情ばかりが浮かんでくる。
そんなアウグストが――『最後』と言いながら浮かべた笑み。
「……おい、テメェまさかッ!」
「綺麗に生きようとも人の最後は平等、みんな目をそむけられる骨だッ!」
「――爺ぃいいいッ!」
剣を両手で持ったアスグストが、ドラゴンに向かい地を蹴る。
病で細くなった師匠の背に、幼い子が泣き喚くようなクズの声がとんだ。
「――ならば、醜く罵声を浴びようとも……己が信義を貫く、芯のある骨となれッ!」
しかしクズの声にアウグストが振り向くことはない。
(煙幕が完全にはれたッ。……相手もボロボロだが、まだ動きやがるか……ッ!)
爆破のダメージやチチの攻撃、クズとアウグストの攻撃により、自慢の牙はいくつも欠けている。
アウグストは、口を開いたドラゴンの顎へ目がけて飛翔し――。
「己が師を犠牲にする業など、軽く乗り越えろッ!」
自分の身体ごと、剣をドラゴンの口内に突き立てた。
トドメをさそうとこれまで以上に息を大きく吸いこみ、ブレスの準備をしていたドラゴンだ。
避けることが出来なかったのはおろか――。
「息を吸うには口を大きく開く、沢山吸えねば遠くまで届くブレスも吐けぬ――道理だなッ!」
悲鳴のような鳴き声を上げ、ブンブンと顔を振るドラゴンの口内で――アウグストは突き刺した剣をグリッと捻り、更に深くまでねじ込む。
「爺ッ! もういい、離れろッ!」
ドラゴンにはもう十分ダメージを与えた。
おそらく残っている魔力と、今練った魔力を使えば精霊術で仕留められるはずだ。
――しかし、国難を起こす災厄を前に『はず』ではダメなのだ。
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