第4話
「……義兄様っ。受けるのッ?」
いつもの義兄なら、絶対に受けない危険な依頼だ。
どのような能力を持つ者がいるかも定かではない強敵にいきなり挑むなど。
事情を把握している義妹でさえも、義兄の決断をすっと受け入れることはできない。
思うに、義兄は冷静さを欠いているようにも見えた。
「わりぃな。外道にも通したい道がある。……この依頼、俺一人でも討伐にいく」
クズの目は深い闇で暗く淀んでいたが――その奥に有無を言わせぬ意思力が感じられた。
そんなクズの言葉に傭兵団は――。
「水くさいじゃないか。一緒に連れて行きたまえよ。君には僕が必要だろうに」
「ナルシスト、いいのか? 五倍の数の盗賊だぞ。正直、危険だ。俺はお前等を連れて行きたく――」
「――君たちは、どうだい?」
ナルシストが聞き耳を立てていた一般団員に声をかける。
団員達は杯を突き上げて答えた。
全く、仕方ねぇなという表情を浮かべながら。
クズはその様子を見て、ヘっと微笑みを浮かべた。
「……そういう訳だエド。幸い、俺達は傭兵団ランクⅣに上がった。御国様からの依頼も受けられる。報酬は弾めよ。なんなら、俺への特別報酬は高級娼館を用意しろ」
「……わかった。ギルドを通して正式に依頼を出そう」
クズが幸せそうな表情で仲間から謎の信頼を受けていることに思うところがあるのか、エドは複雑な面持ちでそう返答した。
「……それにしても、よく俺がいるってわかったな」
「最近、宮廷にいらした貴族令嬢――私の見合い相手なのだがな。その方がしきりに話をしていたのだ。道中、錬金術と精霊術を駆使してサイクロブスとキマイラを一人で倒した傭兵がいた……とな。――それだけヒントを与えられて、まさかと思わない方がどうかしている。イケメンはどうかと思うが、まあ初めての冒険をされて気分が高揚していたのだろう」
「……そりゃまあ、確かに。あと、イケメンは正しい。それだけは合っている」
――あの貴族令嬢の見合い相手って、お前だったのかよ!
内心、クズはそう突っ込みを入れたかった。
おしゃべりなお嬢様のせいで自分の素性が面倒な奴にバレてしまった。
――特異な天職は、殆どの者で発現しない。
発現したとしても通常一つ。
マタであれば魔術師で、ナルシストは狩人だ。
必死に鍛えれば、後天的でもある程度は天職に近い実力も得られる。
マタの薬師などが典型だ。
努力である程度他の職業の力も使えるようになるとはいえ、錬金術士と精霊召喚術士という珍し天職を二つも持ち自由自在に操る男など――知られている限りではクズを除き存在しない。
「……俺の素性は、宮廷にバレたのか?」
「バレていない。そもそも、かつて宮廷に仕えていた人間は反旗を翻す可能性を考慮され、各地へ移された。――私とて半信半疑だった。貴様は既に死んだと思っていたからな。だからギルドに行ってギルバートなる男を調べたのだ。そうしたらクズという通称で通ってはいるが、どうやらギルバートという登録名も詐称らしい。天職だけでなく年齢までもがクラウスと一致していなければ、私とて確信が持てなかった」
「なるほどな……。そこまで調べるとか、お前は俺のファンかよ」
「アホなことを言うな。なぜ、ギルバートなどと名乗った? やはり、過去の罪で追われると思ったからか?」
「まぁな。ギルバートってのもたいした理由はねぇ。なんとなく、昔世話になった人の名前を使わせて貰っただけだ。バレねぇようにな。……年齢も詐称しておけば良かったぜ」
「――なんだとクラウス! だいたい貴様いつからそのように怠惰な――」
溜息交じりにだらしなく言うクズにエドが説教を始めた。
クズは耳を掻きながら、右から左へ受け流す。
「ちっ……うるせーな。反省してまーす」
呷るような口だけの謝罪に、エドは更にいきり立った。
「な、なんだそのチャラ付いた態度は! 潔く頭を下げろっ!」
「わかった分かった。つーかよ、早く行かねぇーとギルド閉まっちまうぞ?」
しっしっと手を払うクズにもの申したいことがあったのだろう。
だが、エドはクズの指摘にハッとし喉から出かかっている文句を押しこんだ。
「ぐっ……分かった。続きは後でだ」
「――はあ? 後?」
「ああ、貴様には一緒にギルドへ来て貰う」
「嫌だよ面倒くさい。俺は麦酒を飲む」
「ダメだ! 私はこれから依頼を果たすまでの間、貴様を監視し続けるお役目があるのだ!」
その言葉に、傭兵団一同の動きがピタリと止まった。
「……え。聞き違い? エド兄が私達と行動を共にする、ということ?」
思わず問うマタに、エドが紳士的に答えた。
「そうだよ、マタ君。久しぶりなのに失礼した。……エロディア君の事は残念だったが、君だけでも生きていてくれてよかった。――だが、これも『公務』なので理解して欲しい」
――『公務』。
爵位持ちの騎士の口から『公務』と出た以上、何が何でもやり遂げるだろう。
騎士というのは、高い忠誠心と成し遂げる意志の強さが国家に認められなければ叙勲されないのだから。
「エロディアは……やっぱ帝国に殺されたのか……。それとも、民衆か?」
「帝国に捕らえられた私が宮廷に戻った時、既にいなかった。おそらくは皇族と共に……すまんな」
「姉様も、覚悟して人質になるっていったはず。……仕方なかった。悪いのは、全て……ッ」
「マタ」
マタの憤怒に歪んだ表情がハッと戻る。
今更言っても仕方が無い事だと、クズは頭を撫でて窘めた。
蝉のように引っ付き啜り泣き始めると、クズは片手で頭を撫でながら、空いた片手では酒を呷る。
面倒くさい事になると予期したクズは――全力で酒を呷り続け、現実逃避した。
――一気にアルコールを摂取しすぎたクズは、ギルドに向かう道中でエドの立派なマントに大量の吐瀉物をぶちまけ、更にエドを激怒させた――。
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