第3話

「お前……エドなのか――ッ!?」


 クズが尋ねたところで、エドと呼ばれた男性は――力一杯クズを殴った。


 クズは座っていた椅子から吹き飛ばされ、床に投げ出される。


 エドはクズに馬乗りになり、襟首を掴んだ。


「ああ、そうだ! その通り、俺はエドガー・べーレンドルフだ! 恥知らずの貴様がよく覚えていたものだなっ!」


「義兄様っ!? エド兄さん、もう止めてっ……!」


「団長!? 大丈夫っすか!?」


「ちょちょっ! 乱暴はよろしくないよ!」


「君、ここは楽しく食事をするところだよ!」


「――黙れ! これはこいつが犯した罪への、けじめだっ!」


 酒場の中は治安を護るべき騎士が起こした暴力沙汰で喧噪に包まれた。


「何がギルバートだ!? 名前を変えて過去の罪から逃れたつもりか!?」


「エド兄さんっ! もう止めて! 話を聞いて!」


「――クラウス! 貴様はアレクサンドラ殿下の最期の時、一体何をしていた!? 殿下は、殿下はな……ッ! 取り押さえられたその瞬間ですらも、貴様が来ると信じていたというのに……っ!! 貴様はそれでも男かっ!? 答えろクラウスッ!!」


 握り込んだ襟首をガクガク揺らしながら、エドは叫ぶ。

 それに合わせて力なくクズの首が揺れる。


『アナ……。アレクサンドラ王女。私は――』

『……クラウス。死んじゃダメなんだよ』

『クラウス……っ。幸せに、なろうね!』


 殴られたことよりも、もっと痛みを伴う思い出がクズの脳に思い出される。


 エドの言った『アレクサンドラ王女の最期』という言葉とともに。


「……んなの忘れたよ。忘れるんだよ、俺は……」


「貴様! あれだけ、あれだけ貴様を大切にしてくださった主に報いず、何が男かッ!」


 断ち切らなきゃいけない過去。自由に生きるため、断ち切る約束をした過去。


「――エド兄さんでも、義兄様へこれ以上乱暴するなら……っ」


 マタが魔術杖に魔力を込め、日頃の静けさはどこにいったのかと言うほど力強く言い放った。


 そして、魔術杖から魔術を放出しようとしたその時――。


「――やめろっ!」


 クズが制止した。


「……ここは酒を飲んで、話ながら食事をするところだ。魔術をぶっ放すところでも、殴り合うところでもない。……違うか?」


「――――ッ。くっ……!」


 クズの声に、エドが悔しそうにギリっと歯がみしながら掴んでいた手を離す。


 クズはスッと立ち上がると、転がっていた椅子を直し――従業員に声をかけた。


「騒ぎを起こして悪かったな。悪いけど椅子をもう一個と、あと麦酒を頼む。麦酒はいいもんだ」


 従業員の手に多額のチップを握らせると、従業員は嬉しそうに頷いて駆けだした。


「――みんなも悪かったな! ここは俺の奢りだ! 好きに飲み食いしてくれ!」


 静まりかえっていた酒場がクズの放った一言でおおっと盛り上がった。


 このように賑やかな空気を作られてしまうと、一端冷静になったエドとしてはそれ以上強い口調でクズを責め立てることは出来なかった。


 忸怩たる思いを抱えたまま、エドは従業員が用意してくれた椅子に腰掛け、麦酒を呷った。


「――ふうっ。……私は、謝らないぞ」


「謝られる覚えもねぇよ」


 普段のクズであれば、絶対に三倍――いや、十倍にして返しただろう。


 ナルシストと居合わせた団員達は意外そうにそのやりとりを見ていた。


 マタだけは居心地悪そうに、視線のやりどころに困っている。


 潔すぎるクズの返答に怒りがまだ収まらないエドではあったが、とにかく要件を伝えることにした。


「――クラウス。貴様にアナント領主、ライヒハート伯爵閣下からの依頼を持ってきた。内容は、『野盗団二百名の捕縛あるいは討伐』だ。国内の町や村、行商人が甚大な被害にあっている。捕縛できた賊は奴隷市場に回す。その場合には売り上げに応じて報奨金も増額しよう」


「それだけ大規模の野盗団か。帝国兵で討伐はしないのか?」


「治政は安定しつつあるとはいえ、むやみに大軍を動かして人心を動揺させたくはない」


「精強なクレイベルグ帝国兵の大量動員が必要ってことは、相手は強いのか?」


「ああ、何せ旧アナント王国の正規兵どもらしいからな。モンスターのように単純な戦闘力では計れないし、軍としても威力偵察をする余裕もない」


「……そうか、わかった。ギルドを経由して正式に依頼を出してくれ」

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