2話
「違う。アナ義姉様は何も悪くない」
「でも、私がいなければこうしてお金のことでもめなかったよね。……違うかな?」
「……悪いのは、伯爵の策略でもてあそばれた挙げ句、極東の島国に伝わる土下座でこの場を乗り切ろうとしてる義兄様」
「……でも、伯爵の手口は巧妙だったよ。私が解放されるには、あの場ですぐ売買契約書にサインするしかなかった。――つまり、よくないのは私だよね?」
「……違う。義妹の私にはわかる。義兄様は謝るフリをして休んでる。地に額を擦りつける姿勢を利用して、眼を閉じながら半分寝てる」
ビクンとクズの身体が跳ねた。ウトウトしていた所に鋭い指摘が飛んできて、身体が反射的に動いてしまったのだ。
「勝手に城外に抜け出して……お金使ったのも事後報告だったことを、反省なんてしてない」
義妹の鋭い指摘にクズがぷるぷると震える。
そう。彼が滞在を許可された城から隠し通路を使い、朝早く独断で抜け出さなければ――即座に一人で購入の決断を迫られることはなかった。
隠し通路を使うだろうことも、一人で行動することも帝国のライヒハート伯爵に読まれていたのだ。
弁解する言葉もないクズは――。
「ああ、そうだよ! 反省なんかしてねぇよ!? 俺は尊い人権を護ったんだ。金と罪なき女性の人権、君らはどっちが大事なんですかねぇッ! ああんッ!?」
顔をガバッと上げて逆ギレした。
開き直ったクズ団長に向けて武器を抜こうとする団員達から――一歩マタが歩み出て。
「義兄様が伯爵と交渉する余地も無い城外に出なければ、全財産を失うことはなかった。……もう、一週間分の食糧もない。――私……経理、頑張ってきたのに……もう、どうしよう」
「……」
クズは黙って再び地に額をつけた。寝たふりに加え、都合の悪いことは聞こえないふりをしながら。嵐が過ぎ去るのを待つ作戦に戻った。
「――義兄様……またそれ?」
この先のやり繰りで悩むマタの杖に思わず魔力がこもり、先端が発光し始めて――。
「……なら、私を売ればいいよね?」
「「「……え?」」」
何気ない事のように言うアナの言葉に、それまで怒気を顕わにしていた団員も――クズも呆けた顔を向ける。
「な、何を言ってるんだい? アナさん……?」
「ナルシストさん、私は奴隷。……身分を隠さなくなければいけない傷物だけど、城勤めだったメイド奴隷。売ればそれなりの値段にはなるよね?」
「アナ義姉様、それはダメ!」
「状況的に仕方がなかった決断で、私は救われた。ずっと居たかったクラウスの傍にいる自由を得た。……でもそのことで大好きなクラウスがイジメられちゃうなら――私は喜んで身を売る」
「奴隷は戸籍も人権すらないというのに、アナさん。君という子は……」
何でも無いことのように言うアナの覚悟に、傭兵団一同は口をつぐんでしまう。
簡単に奴隷として売られると言ったアナの言葉を聞いて――クズはダンっと地面を叩いて立ち上がった。
「その必要はねぇ!――はっ、五億だ? そんなはした金、また稼いで利子付きで返してやんよ! これで文句ねぇだろカス共ッ!」
「あんた、どんな立場でそれ言ってるんすか!」
「うるせぇ! アナは俺が買った奴隷だ。俺の意思に関係なく売らせはしねぇッ! テメェ等は俺の頑張りで金が帰って来る、アナは願ってやまない俺の傍に居られる。何が不満だボケ共ッ!」
ずっと土下座していたせいで痺れ、ぷるぷると震える脚で立ちながら――クズは団員を煽る。
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