18話
「爺さん、洗脳がうめぇじゃねぇか。できる商売人は、虚実混じえた言葉も上手くなるのか?」
「私は、ただ真実を……。いえ、止めておきましょう。あなたは決して、認めますまい。――オイ、手はず通りにしろ」
「「「ハッ!」」」
代表の声に反応して、私兵達が難民の元へと駆けていく。
それぞれの手配書には人数と求める技能が書いてあり、なるべくは受けいれる商人や職人側の要望に沿った人材が連れられていく。
難民達は、涙目で自分の得意技能や経験を私兵に話し――次々と荷馬車へ乗りこんでいった。
悔しげに連れられていくその様子を、目も逸らさずに見つめていたクズの元へ――。
「……団長、すいませんした」
気まずそうな面持ちをした失落の飛燕団団員が集まっていた。
だが、クズは反応しない。
「義兄様……」
「クズ君、すまなかった。僕たちの見通しが甘かったよ。……どうか、許して欲しい」
「クラウス……ごめんなさい。私はクラウスのなのに……迷惑しか、かけてないね」
最愛の女性――アナが声をかけても、クズは反応しない。
一人、また一人と馬車に乗っていく姿を見つめている。
まるで、己の罪を数えるかのように。
そうして全員が荷馬車に乗りこんだのを確認した後――商工ギルドの代表がクズの元へきた。
「お待たせしました。――こちらが今まで受諾頂いた依頼の代金と、未所属の帆船の代金、合計五百万ゼニーです」
「ああ。ありがとよ。……頼むぜ」
「勿論です。寝る間すらない依頼の量をこなしてくださり、お礼を言うべきはこちら側。……さて、私は最後の確認をしてきますかな。要らぬお節介でしょうが……お仲間がお待ちですよ」
柔らかな笑みを浮かべて背中を向けた代表に「……分かってんよ」と小声で呟き――クズは馬から降り、今まで無視していた団員達と向き合うと――。
「――オラ、帰参金五百万だ! 万年金欠のテメェ等からすれば、喉から手が出るほどに欲しい金だろ!? こいつで団長の地位を俺に売れ!」
ナルシストに貨幣の詰まった布袋を投げ渡し――ガシガシと頭を掻いて、クズはふてぶてしく告げた。
その言葉に、団員達は安堵して微笑む。
「義兄様……私が未熟だった。目先の事ばっかりで、難民達の今後をちゃんと考えてなかった」
「……例えばだけどよ、孤島に流れ着いた時に魚を渡せば、もっとくれと永遠にせがんでくる。大事なのは、魚の捕り方――今回の場合なら、生き方を教えてやることだ」
「うん……」
「強欲な奴は、優しい奴から搾取する。そしていずれ、集団ごと破綻するってこったな」
「クズ君、君は分かっていたんだね……こうなるってことを」
「……人間は汚いし、立派な生き物じぇねぇ。それを知ってただけだ」
「クラウス……ありがとう。あの人達に居場所を与えてくれて。元は、うちの国の人達だったから……私、責任感じちゃって」
「言ったろ、仕方のねぇことだ。……新天地で二~三年働きゃ、あいつらも生きる為に必要な知識を得られる。家畜のように生きることからも、脱却できるだろうよ」
「クラウス、あの人達の事……ちゃんと考えてくれてたんだね」
「……まぁ、あの嬢ちゃんと約束しちまったからな。村は手遅れだったが……前金分の働きをしただけだ」
クズは懐から取り出した十ゼニーを見つめ、グっと音がする程に握りしめる。
その顔は、悔しさで歪んでいた。
「……義兄様、やっぱり優しい」
「クズ君は、非道にはなれないね」
「うん。……私の方が、よっぽどクズって名前がふさわしい……かな」
暗い顔で反省している幹部達の顔を見た後――クズは自嘲気味に嗤った。
「バカ言うんじゃねぇよ。俺がやった事は、人材斡旋という体裁を取ってるだけの、奴隷取引だ。ーー立派なクズ野郎だ」
「……クラウス。団を離れて、個人として依頼を受けたのはーー奴隷取引の悪名を一人で受けるため?」
「……そんな訳あるかよ。金色の何とかをいつかぶっ潰す為に、今から実績のあるクランを作っておきたかっただけだ。……テメェ等、さっさと準備しろ。焦げクセェ場所にいたら、せっかくの服が臭くなっちまう」
暗い顔で集まっている団員達をシッシと追い払う。
人を人とも思わぬ態度だが、そんなクズ団長の姿が――今の団員達には、とても頼もしく見えた。
団員達は、次の旅に出発するため駆け出す。
三百四十人分の荷物を片付けるのは、手間がかかる。だが、重作業に取りかかる団員達の顔は晴れやかなものに変わっていた。
「ギルバート殿、少しよろしいかな?」
真面目に働く団員達を満足そうに見るクズの元へ、商工ギルドの代表がまたしてもやってきた。
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