2話
「つ、次だな! 近江屋って宿には、チチちゃんとおいらが率いる2班だ」
「ふぇ? ぼくが勝さんと一緒なの?」
「ああ。近江屋は幕臣がよく泊まる。……だからこそ、倒幕派で暴走したヤツらに襲撃されるリスク。或いは潜りこんで泊まってる倒幕派と佐幕派が衝突するリスクが高いのよ。屋内の近接戦闘に強いチチちゃんが居れば、おいらも安心。佐幕派の急襲は、幕府の重臣であるおいらが居れば安心って訳よ」
「成る程! まっかせてぇ! 槍が振り回せない所でも、拳は打ち抜けるから!」
家が壊れそうだなと、失落の飛燕団一同は思った。
そこで宿を追い出されない為にも、有事の際にはチチと同じ2班になった団員が頑張れ。
そんな雰囲気が漂い――「はずれじゃねぇっすか」、「完全に外れたわ」と2班は溜息を吐いていた。
「そんで残りがクズさんとマタちゃん、アナさんが滞在する――」
「――ちょっと待て。俺の所だけ監視の目……間違えた、幹部が多くねぇか!?」
クズがちょっと待ったをかける。
離れ過ぎるのは心配だが、近すぎると――監視から自由になれない。
即ち、折角の外国への旅――大八洲でお酒と女の人を楽しみ、ワンランク上の男になれない!
そんな事は当然、承知出来ないのだ!
旅は人間を成長させるもの。
まして海を渡る旅なら、それはもう飛躍的な成長を遂げたい!
要は――童貞からワンランク上の男になり、恋人同然のアナとそんな展開になってもリードする余裕を持つ男になりたいのだ!
「クラウス? 私が居ると、そんなに嫌? ちょっと傷つく~」
「義兄様、監視の目とか言いかけましたよね?」
「言ってない。それとアナ、棒読みは止めろ。どうせ何処にいようと、いつの間にか俺の宿に紛れ込む腹づもりだったろ?」
「私たちは以心伝心。流石だね?」
「……ふしゃぁ」
無表情ながら、マタが猫のような威嚇の仕方でアナを牽制させた。
クズは思う。
(あかんって……。これは羽目を外して遊ぶのにも一苦労じゃねぇか!)
「はっはっは! まぁクズさんよ。大事な人は手元に置いとかねぇと、護れねぇぜ。それが今の西都ってもんよ。勿論、3つの宿は近すぎず遠すぎず。それでも分かりやすい道で繋がってるから、有事の際には共同で何かをしやすいのよ?」
「……ぐ、ぬぬ」
「それに寺田屋は、船宿でもある。船宿ってのは、色んな人間の休憩所もあってな。情報が入りやすいし、いざという時に逃げやすい。――いざという時以外でも、船を使って移動しやすく、追っては来られないわな?」
「――……成る程」
勝の言わんとしている事を、クズは察した。
船宿とは聞く限り、船が動いている昼は人の出入りが激しく警戒が必要だが――夜は人気が一気に減るのだろう。
そうなれば不審者や神饌組とやらに襲われるリスクも大きく減る。
唯でさえ休憩所を設けているせいで宿に使う部屋が減っているのを、一般団員たちで埋めてしまえば余計に取り締まれられるような輩を減らせるのだ。
つまり――夜は自由にしても、大きなリスクはない。
自分が神饌組に追われる立場になれば別だが、そう言う話なのだ。
「そうかそうか! 船宿か、それは良い! 昼はしっかり、船を使って休憩する連中から情報収集しなきゃならんな。そんなのが出来るのは、何時も人の悪口に耳を尖らせている俺だな!」
「……クラウス、ねじ切れんばかりの掌返し」
「義兄様、またよからぬ事を考えてる」
「考えてない」
昼は二日酔いにより布団でだらけながら耳を澄ませ、夜には飲み歩く。
もうクズの頭には、そこまでのイメージが出来ていた。
万が一の為にも、団員たちにアナとマタの警護はしっかり任せるつもりだが。
戦慣れしている傭兵団員が十人以上いて、逃げられないはずはない。
まさか先だって戦ったドラゴンよりヤバい筈もない。
クズは上機嫌に勝から簡易地図を受け取る。
「そんじゃ、ちょいちょい幹部たちはどっかで会合を持つとして……一先ず解散とすっか。まだ日が高いかんな。各々で西都における倒幕派や佐幕派の近況について調査だ。……そうだな。今夜は取り敢えず、初日で持ち寄った情報を集めたいから、おいらの泊まる近江屋に集合だ。それぞれに軍資金を渡すから、当面の生活費と長門藩や黒霧藩の重鎮を探す資金としてくれい」
それぞれに渡された金――金色の小さな靴底のような貨幣や、丸い貨幣を渡される。
どうやらこの大八洲では、通貨はゼニーではないらしい。
軽く通貨と数え方について説明されてから、一同は解散してそれぞれの宿へと向かった――。
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