3話

 そうして宿に到着し、少し休憩してから情報収集に出た一行。


 クズは傍らにマタとアナを引き連れ、周囲の噂話に耳を傾けていた。


(街を練り歩いて耳を澄ます。的を絞って聞くには向いてねぇが……初めて来た街で、大まかにどんなことが起きているのか。変に絞らねぇで大きな情報を得るには、盗み聞きが一番だな)


 常日頃から自信の評判と悪口を聞き逃さず、キッチリと制裁をして来たクズからすれば盗聴などお手の物だ。


 なんなら、日常生活の一部と言っても過言ではない。


 雑踏の中から、有用な情報を選んで掴み取る。

 その高度な技術が必要なのだ。


 身形の良い商人らしき男たちの声が、クズの耳に届く。


「――いやぁ。昨夜、祇園で会った女の子は良かった。あの店は当たりだよ」


 ピクッと、クズの地獄耳が働く。

 歩く速度を落とし、聞き耳を立てる。


(――来たっ! 耳寄りな情報! これだよ、これぇえええ!)


 クズは内心の興奮を隠しながら、左右を歩いていたアナとマタと不自然にならないよう店の看板を眺めたり、その辺の店内にある商品を手に取る。


「へぇ! 当たりだったのか! あれだろ、一見様お断りとかって店だろ?」


「ああ、祇園には一見様お断りの店が多いからな。だがそう言う店でこそ、美味い酒に可愛い娘と出会えるってもんよ」


「そうよなぁ。取引先からの紹介だろ? 羨ましいね……」


「はっはっは! 何度か通ったら、今度は俺がお前を紹介するさ!」


「おお、有り難い! その店、遊びの方はどうなんだ?」


「最高さ! やっぱり芸が極まってるし、天にも昇る心地だったぜ! 美味い酒、楽しい遊び、器量良しで品のある女! やっぱり酒を飲むなら、祇園にある紹介制の店が一番だな!」


「そうなのか! 素晴らしい情報だぁあああ!」


「「……え?」」


「あ」


 余りに最高な情報を手に入れたから、思わずクズは声を漏らしてしまった。

 いや、漏らすどころではない。


 グッと拳を握り、興奮から大声を上げてしまった。


 その興奮っぷりは、クズが太陽の神様らしき精霊の声を聴いたと伝えた時の勝山荘と似ていた。


「……クラウス?」


「義兄様? どんな情報を聞いていた?」


「あ、いや……。よ、よし! 次の情報へ行こう! お邪魔しました~!」


 クズは2人の手を引き、慌てて店を後にした。

 ジロッと胡乱げな瞳を向けて来る2人を引き連れつつ、ご機嫌取りにお菓子を買いながら街を練り歩く。


 そうして時刻は夕暮れ時に近付いて来た頃。


「色々と聞き回ったが、勝の言ってた事は本当みたいだなぁ」


「ん。長門藩士は倒幕の志士を集める為、この街に潜んでるみたい。しかも長門藩は、王様――藩主から実権を家臣が奪ったも同然らしい」


「凄い話だよね。私たちの王国だったら、王位の簒奪とかになりそ」


「黒霧藩の重鎮さんとやらも、この西都で他の藩と会合を繰り返してるとかなぁ。まぁそれもだが、一番多かった話題は――」


「――ん。新撰組」


「圧倒的だね。良くない噂」


 街を練り歩き、クズたちの耳に入ったのは――長門藩が倒幕の同志を集めて、着々と力を増しつつあると言う噂。


 更にはその長門藩とは犬猿の仲である黒霧藩の重鎮が西都入りしており、これがまた度胸も男としの魅力もあって一家臣の権力を超えそうだとの噂だ。


 そして何よりも多かったのは――人斬り集団、神饌組だ。


「ありえねぇだろ。……まともに法の審判にも照らさず、疑わしければ斬り捨てる。しかも言い訳にも弁明にも聞く耳を持たねぇとか。狂犬かっての」


 改めて、面倒臭そうな連中だなと思った。


 難癖だろうと、神饌組が黒と言えば白も黒になる。

 そう言わんばかりの横暴さだ。


 関わらないのが一番、もし関わるとしたら――。


「――ゴメンよ! 退いて退いて!」


「うおっ!? なんだ!? てめぇゴラァ! 人様にぶつかっておいて、金も置かずに走り去るってのはどんな了見だ!?」


「義兄様。チンピラみたい。止めて」


 突然、走って来た――細身だが身のこなしが良く、啓発そうな顔をした男に突き飛ばされたクズは、顔から道に倒れ込んだ。


 全力疾走で「ごめんよごめんよ!」と叫びながら逃げる男に、クズは制裁しようと追いかける姿勢を取り――。


「――貴様ら、木村の仲間か!?」


「……あ? その浅葱色の羽織、もしかして」


「我らは神饌組だ!」


「マジかよ!? 最悪だぁあああ!」


 浅葱色の羽織を揃えて羽織っている、4人組の男たち。

 当然、クズが取る選択は――。


「――アナ、マタ! 走るぞ! 全力疾走じゃあああ!」


「うん。クラウス、私もシルフィ使うとそれなりに早い」


「義兄様は馬にばっか乗ってた。私についてこれるかな?」


「はぁあああ!? いや、ちょっと……。あの、マジで早くない?」


 装備品が多いと言う事もあるが――アナとマタは精霊術や魔法も駆使し、クズより逃げ足が速かった。


「貴様ら、よくも長門藩の大物、木村小五郎を捕らえる機会を!」


「許さん! 絶対に許さん!」


「なんかこいつら、目が逝ってるぞ!? 尋常な様子じゃねぇ!」


 そうして、クズは最後尾で――。


「――アナ、マタ! 2人はそっちから、俺はこっちからだ! 巻いてから宿で集合すんぞ!」


 アナとマタ、2人でなら無事に宿に戻るだけの戦闘力もある。


 今、避けるべきなのは――潜伏先の宿がいきなりバレて、揉め事になる事だ。


 そう考えたクズは、宿から離れた方角へと走り、追ってくる神饌組を引きつける。

 アナとマタもクズなら大丈夫だと信頼しているのか、深く頷いた。


 そうして走ること数分。


 クズは、隠れるのに手頃な木の桶の中に身を投じる。


「く、臭っ!? だが、我慢――」


 あまりの臭いに、鼻を押さえて我慢し、木桶に蓋をする。


 やがて追っ来た者の足音、声が遠ざかり――。


「――ふぅ。終わった――って、これまさか!?」


 木桶の中が妙にぐにゃぐにゃすると思っていたが――中身は、肥溜めと土を混ぜたようなものだった。


「うっわ! マジで最悪! 畜生、川で洗うしかねぇ!」


 アナとマタが居なければ、絶対にボコボコにしていた。

 間違っても、2人に仕返しをされないようにと逃げたが――。


「――次にあの羽織を見たら、泣くまでタコ殴りにする! 絶対に、絶対にだ!」


 近くの川で汚れた衣服を洗い流しながら、クズは怨嗟の言葉を吐き続ける。


 臭いも微かに残り、濡れた衣服を着て道を歩くクズの目尻は――夕陽がキラッと滲む涙で濡れていた。

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