2話

「――此度の一件、大義であった。一同、表を上げよ」

「――報酬を寄越せ爺王」

「うん、クラウス。少しは叔父ちゃんの顔を立てようかのう。ほら、建前って大事じゃん? 一応、膝ついたフリでもしてくれないかのう?」

「断る。俺が膝をつく主は――もう決まっている」

「クラウス……」

「アナ義姉様、感動する場面じゃない。礼節を注意するべきとこ」

「やれやれ。アナちゃんはクズ君にベタ惚れだね。――闇に堕ちてる時間が長かったアナちゃんがいきなり手を取るには、僕は眩しすぎたとはいえ……。よりによってクズ君か」

「ナルシストさんっ! ちょっとキモいよね!」


 大臣を始め、貴族の中には文句を言いたそうにしている者もいる。

 王の御前だというのになんたる無礼な連中か、と。

 だが次代の王候補であるクズを始め、失落の飛燕団はドラゴンスレイヤーであり、救国の英雄である。

 誰も大っぴらに文句など言えなかった。


「おっほんッ。……それでは、報酬の話だ。エロディア・ヴィンセントの情報と金、どちらを先に――」

「エロの情報は?」

「迷う事もないか……。さすがじゃ、我が甥っ子よ。血の絆、家族を愛する心は素晴らしく――」

「もったいつけんな、早く教えろ」

「……うむ。彼女は一時期、確かにこの王城でその身を預かっておった。――じゃが、ランドルフ・ヴィンセントの裏切りとクラウスが行方不明だと判明して……王城から姿を消した」

「――何だと?」

「残された手紙には、『義兄様を探しに行きます』と書かれておった。無論、すぐに捜索隊を出したのじゃが――」

「――見つかってねぇってのか?」

「うむ……。幼い子供じゃ。街道を中心に探せばすぐに見つかると、当初は思っておった」

「……奴隷狩りか、野盗にやられたか?」

「その可能性も考慮し――近隣の野盗は全て駆除した。しかし、エロディア・ヴィンセントの情報は一切なかった」

「……」

「最も可能性が高いのが違法な奴隷狩り――クレイベルグ帝国との国境沿いを領地に持つ、ドルツ子爵じゃった」

「漁村を襲わせた帝国の子爵か。過去形って事は……調べたんだな」

「うむ。我が国の国民も大勢さらわれておったからのう。帝国に抗議し、ヤツの取引履歴から付き合いのあった商人をごうも――取り調べしたが、一切エロディア・ヴィンセントの情報はなかった」

「……一応、俺らがドラゴン退治に行ってる間に爺も動いてたのか」

「当たり前のことじゃ。成立した契約は正当に履行しなくてはならぬ」

「――で、何もわかりませんでしたってか?」

「そうでもない」

「――何?」

「人が完全に消えるなど、あり得ない。むしろこれだけ痕跡を消せるのは――」

「……アサシンギルド、暗殺者どもか」

「うむ。奴らは『仲間の情報は流せない』と言っておった。つまり――」

「――エロは迷っているところをアサシンに見つかって、暗殺者になっている可能性があると」

「じゃが、少なくともヘイムス王国や帝国にはいないとわかっておる。完全中立のギルドとて、一枚岩ではない。こちらに情報は渡ってくるからな」

「それなら、もったいぶらずにさっさと言え」

「ギルドへの忠誠心が低い奴らから聞き出せた情報はたった一つ。『既にこの大陸にはいない』それだけじゃった」

「この大陸に……いない? つまりは、海洋にある諸島にいるってか?」

「おそらくはのう。――大八洲という国家は知ってるか?」

「あ? それって――」

「あっ! それ、ぼくが生まれた国だよ!」

「ほう、そなたは大八洲出身であったか。ならば、鎖国をしており大陸の国々との関係をほぼ断っていることも知っているであろう」

「え、知らない」

「……そ、そうか。大八洲という国は特殊でな。多神教に基づく神権政治。小さな島の一部地域のみでしか、他国と貿易もせぬのだ。故に、情報もほとんどない」

「ほう……。関わらないから、関わるなってとこか。……そんな謎めいた国を調べるために――」

「――諜報として潜り込み、捕らえられた。それが我らの予想だ」

「成る程な……」


 クズは腕を組みながら天上を見上げ、「あり得そうな話だ」と呟いた。


「大八洲へ行くのか?」

「……それをあんたに言って、なんか協力してくれんのか?」

「言ったじゃろう。一部地域とは交流があると。我の紹介で商船に乗せ、親書や紹介状を書こうではないか」

「……それは助かるな」

「それに、あの国は刀剣鍛冶士が非常に有名だ。なんでも凄まじく切れる刀剣や魔剣を打つとか」

「あっ、それは本当にそう! ぼくの実家が刀鍛治だよっ。片刃が多いけど、本当によく斬れるし頑丈だよっ! 魔剣っていうか、魂刀ってのもあるのですっ!」

「なるほど……剣を一本失った俺には丁度良いな。――で、そこまでしてくれるとは……どういう風の吹き回しだ。なんの裏がある?」


 クズとヘイムス王の間で流れる空気が変わった。

 王はサッと目を逸らし。


「ち、血の繋がる可愛い甥っ子にできる限りのことを――」

「はいうそ」

「嘘ではないっ! ただ、その……じゃな」

「なんだ、言って見ろ」

「……言っても、怒らないか?」

「内容による。――言わなきゃ暴れる」


 ドラゴンを退治したクズが暴れる。

 その宣言で、謁見の間は恐怖にざわめいた。


「う、うむ、わかった……。では、言うがのう?」

「ああ」

「――報奨金、三十億ゼニーって言っておったが……六億しか出せなくなった」

「――へ?」


 腕を組んでいたクズの手が思わず、ずるりと滑り落ちる。

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