3話
絢爛豪華な玉座にルーカス王の姿は当然なく、優しい微笑みを携えた男性が座していた。
玉座へと続く重厚な赤い絨毯は、踏む度に吸い込まれそうなほど沈む。
懐かしい歩き心地だ。
この懐かしい場所に居並ぶ面々は、かつて並んでいたそれとは全く違う。
場所が一緒なのに人間が違う。
その事実がとてつもない違和感であると同時に――心を蝕むものであった。
自分たちが敗戦し、大切な者や思い出の数々が奪われた事を痛感する。
――やっぱり、来るんじゃ無かったかな。
目の前に吊された餌に釣られてしまったが、クズの内心は今すぐにでもこの場から立ち去りたいという感情が満たしていた。
「――ライヒハート伯爵。ご命令通り、今回の野盗捕縛を達成した面々をお連れ致しました」
「ご苦労であった、エドガー・べーレンドルフ騎士爵。さて、傭兵団諸君は遠路はるばるよく来てくれた。私はクレイベルグ帝国アナント支城城主、ゲルパルド・ライヒハートである」
「…………」
年齢はおそらく五十代後半といった所だろう。
万民に慕われそうな人当たりの良い笑みを浮かべている。
だが、クズの目には何処か得体の知れない雰囲気を醸し出した癖のある人物に見える。
快く迎え入れてくれたが――アナント城主という言葉に、クズは更に不快感を増した。
勿論、ライヒハート伯爵に悪気など一切無いだろう。
こういった儀礼の場では正式な肩書きを名乗るのが当然だと頭では理解している。
それでも、心は受容してくれない。
小さく溜息をついたあと、クズは返答した。
「えー、遠路はるばる参りました。突然のお招き光栄です。失落の飛燕団クズ団長のギルバートです。衣食足りて礼節を知る。衣食足りない無骨な傭兵の上、俺にはクズという通り名が出来るぐらいなのでぇ、無礼はどうぞ許しやがって下さい。はい、よろしくどうぞ」
クズからすると、侵略者に服するのは性に合わない。
城主に対してあまりに慇懃無礼な態度のクズに、居並ぶ諸侯や城の重臣、有力者達がざわめく。
エドは冷や汗をダラダラと流し、さすがの傭兵団幹部四名も視線を右往左往させ動揺していた。
平気な顔をしているのは、クズと――ライヒハート伯爵だけであった。
「――はっはっは! 勿論、許そう。諸君等は帝国臣民でもない。それに、ギルバート君の異名も知った上で私から呼びつけたのだからな。むしろ臆面のない物言いが新鮮で、心地よくすらある」
エドと幹部二名が安堵の息をついた。
クズは真意を図るようにライヒハート伯爵を見つめながら、嘘がない事を感じ取ると――変わった貴族だと思った。
かつて自分が関係を持っていた貴族は、大概が自分の面子を後生大事に生きているような人間ばかりであった。
目下の者に舐められていては、貴族としての沽券に関わる。
寛大にも程がある。
余程の大物か、あるいは大馬鹿者か。
「――さて、本題に入ろうか。今日、君たちをわざわざ呼んだのはだね。野盗団討伐の礼をすることと、報酬の受け渡しのためだ」
チラリと側用人に目配せをすると、合図をうけた使用人がカートを引いてきた。
引かれてきたカートには――大きな鞄が五つと、一つの小さな木箱が乗せられていた。
「今回、ギルバート君達の活躍に対しての恩賞は――現金にして五億ゼニーだ」
「――はっ!? 五億っ……ですか」
予想を遙かに上回る巨額の報酬金にクズが思わず声をあげ、慌てて敬語を付け加えた。
「うむ。君たちが捕らえてくれた野盗団全員を奴隷市場に売った金も、多分に含まれているがね」
「……全員、ですか」
全員ということは、自分の父も含まれている事にクズは気が付いた。
因果応報とはいえ、父を奴隷市場に売り払って得る金だと思うと――気が咎めるものがあった。
思わず、左頬についた真新しい傷跡を撫でる。
「……ありがたく、頂戴します」
それでも、クズは団員を食わせる団長だ。
恭しく頭を下げて、受領の意思を示した。
今更善人を気取っても仕方ない。
この金で父を買い戻すこともできない。
父のせいで犠牲となった人、被害を受けた罪の無い人々に補償が出来るわけでもないのだ。
「金だけではない。――ギルバート君、君には特別に私からのプレゼントがある」
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