5話
「――アナや俺の傭兵団に何かしたら……アウグストの爺さんだろうと、殺すぞ!」
「ぐ……ぬッ。腕力だけは、上がりおったか」
「そういうあんたは、老いたな。――力不足だ爺」
「――……ぐぶっ!」
力が上に集中していて、空いていた腹にクズが蹴りを叩き入れる。
体勢が悪かったため、威力も大したことは無かったはずだが――。
「あの程度の蹴りで……血を吐いただと?」
「――はぁ、はぁ……ッ」
腹を押さえ、苦しそうに呼吸するアウグスト。
その姿が――若い騎士の姿からぼんやりと老人の姿へ変わっていく。
「――何だよ、その骸骨みてぇに痩せた姿に、土みてぇな顔色は……」
かつて覇者のオーラを放っていた勇猛な戦士の姿は――もうない。
逆立ち狼のようだった銀髪は、くすんだグレーに染まり力なくへたっている。
猛獣のようにギラギラと輝いていた紅い瞳も、どこか光を失い濁っていた。
「ワシだろうが、寄る年波と……内臓の病には勝てなかったということだ。……そして、天に命を奪われようとしている。ただそれだけの、こと……だ」
「アウグストの爺……あんた、俺との戦いで死ぬつもりか」
「戦場を枕に死ぬのが、戦士の本懐。『武人』のギフトを持つワシを、ベッドで死なせるなよ。――クラウス」
「ふざけんな! テメェの自分勝手な最期に、俺を利用するんじゃねぇッ。――……くッ!」
「油断をするな。――ワシは、全力で戦って死ぬ」
「クソが、錬成……っ。――なんだ、錬金術が発動しねぇ!?」
「敵地に誘導されたというのに、ベストの力を出せると思ったか?」
「まさか……サラマンダー、ウンディーネッ!……出ねぇっ。くそがっ!」
「結界だ。事前に仕込んでいた事にも気がつかないとは……やれやれ、これならまだ昔のクラウスの方が強かった。――今のクラウスに切られては、死にきれんな」
「――なめんなよ、病人の老いぼれ爺が……っ!?」
天職が使えなくなる結界があるのなら、剣術で倒せばいい。
そう思ったクラウスが改めて双剣へ意識を向けた時には――既にアウグストは眼前へと迫り剣を振りかぶっていた。
「一度の戦闘で、二度も外見に騙されるとは……基礎から鍛え直しだな」
「――テメェ、その速さっ。死にそうなふりかよっ! きたねぇぞっ!」
「汚い? 正々堂々戦って何もかも失うぐらいなら、戦略策略謀略――使える物はなんでも使えと教えたというのに」
「クソ爺が……ッ! だが力は、若い俺の方が上だ!」
鍔迫り合いをする中、クズが全力で相手を押し込み――ふっと力を抜く。
アウグストが押し出す力を利用し、クズが後方へと跳んで一端距離を取るが――。
「――煙玉だぁッ!? だが、殺気を探ればなんて事はねぇ!」
視界を完全に遮断する程の煙幕が張られ、アウグストの姿が消える。
クズは人の気配や殺気を関知して、近づいてくる脅威に斬撃を与える――。
「そこだオラァ――なにぃッ!? 鎧だけだとッ!?」
「――終わりだ」
声は背後から聞こえ――次の瞬間、クズは首元に鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
「が……ッ。うご、かねぇ……ッ」
そうかと思うと――手足が痺れ、糸の切れたマリオネットのように地へ伏した。
「予想外の事に動揺し、狙いも単調。目の前に見えたものに飛びつく。そんな馬鹿者は老骨でも簡単に倒せる」
「行儀のなってねぇ……爺だ。危ないから物を投げちゃ行けませんって、教わらなかったんか?」
「お主より余程、教養人だ。……目に見えるものばかりが真実だと思うな。目に見えないものも真実だと思うな。何もかもを疑え。――ワシの教えを未だに理解していないようだな」
「……はっ。破門だろうとなんでも、好きにしやがれよ」
「……だが、力や速度は以前より上がっていた。――またクラウスとやる修行が楽しみだな。計画しようじゃないか」
「いや、あの……好きにしろって言ったけど、それはちょっと……。爺の誘いなんて、嬉しくねぇっていうか迷惑っつか。……絶対に、逃げてみせるかんな」
「させぬよ。――おい、試合は終了だ。身体能力と天職を封じる首輪と足かせをクラウスに嵌めろ」
「――ハッ!」
「ふざけんなオイッ。首輪はワンちゃんにするもんだろ、俺は鳥みたく自由に生きてぇんだよ……っ!――畜生、身体が動かねぇぞ……っ」
「安心せよ、負け犬。仲間共々、悪いようにはせん。夕方には王との面会もある。きゃんきゃん吠えず、しばし休め」
「……いつか、死ぬ思いさせてやるかんな。俺が墓にぶち込むまで、長生きしてまってろ……」
「ほう。ワシが本当に病を患っている事は真実と気がついていたか。……医務室まで丁重に運べよ」
「か、かしこまりました!」
突如として現れた、ヘイムス王国の英雄――元大将軍アウグスト・サンドバルの試合を見た観客は大興奮で歓声と賛辞を送っている。
鼓膜がビリビリと痛み、興奮して跳ね回る人々で揺れる程だ。
「……強くなったな、クラウス。ワシは、お前の師であったことを誇りに思うぞ」
担架に乗せられ医務室へ運ばれていくクラウス。
その腰ではためく、紅いストールを見つめて呟いた。
アウグストはクズが闘技場から姿を消すまで見つめた後、王族席へ向け礼をする。
満足そうに拍手をする王や王女たちを見て――小さくため息をついた。
一方、一緒に地下の抜け道から闘技場へ連れて来られた他の者はと言えば――。
「ふぅおおおっ! す、凄まじい戦いに大興奮なのです!」
「搦め手や何重にも張り巡らせた罠。あの戦い方は、まさにクズ君の師匠って感じだったね。それにしても、クズ君が負けるとはね……」
「……義兄様の戦い方がクズと呼ばれるようになったルーツが、よくわかった」
「ん。おじいちゃん、クラウスよりも沢山の罠を仕掛けてたね」
リングサイドで師弟対決を見護っていた四人は、ビリビリと震える大歓声にかき消されないよう試合を振り返っていた。
クズが世界一強いとは思っていない。
世の中、上には上がいることは理解していた。
それでも――。
「義兄様が単身で戦って負けるの、初めて見た」
「さすが、戦乱の世を生き残った三大国の大将軍ってことだね」
少し衝撃を受けていた。
サイクロプスやキマイラを同時に相手しても、ほぼ無傷だったクズを倒す強者。
そんな人間がこの世に実在すると目の当たりにして、少なからぬ畏怖と衝撃を受けている。
「――皆様四名はアウグスト様が陛下の前へ出るに相応しいと判断されたそうです。恐れ入りますが、夕方の拝謁まで控え室でお待ちください」
最大戦力であるクズが敗れた以上、抵抗は無駄だと全員が理解している。
近衛騎士の一人の先導に従いマタ、ナルシスト、アナ、チチの四名は王宮へ入城することとなった――。
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