20話
街道沿いで最も近い町を目指し、失楽の飛燕団は再び移動を始めた。
何をするにしても、まずは難民によって食べ尽くされてしまった食糧や、物資の補給が優先だからだ。
この二週間、彼等は難民への炊き出しを優先して自分達の取り分を減らしていた。
正直、もう力が入らないし頭も回らないほどに飢えている者が多い。
幸いな事に、徒歩で二日程度の場所――まさにヘイムス王国とクレイベルグ帝国が互いに領有権を主張しあっている場所に、大きな町がある。
一同はその町を目指していた。
そうして空腹に喘ぎながら、一日程度歩いた深夜。
野営キャンプでの事だ――。
(足音……。敵襲か、いや。この草木の沈み具合、小刻みなリズムは――)
団長用のテントで眠っていたクズは、自分のテントに近づいて来る足音に目を覚ました。
「――クラウス、入っていい?」
「アナか。……いいぞ、入れ」
テントの外から恐る恐る小声で問いかけてきたアナに、クズはそう返す。
まさかこの時間に起きているとは思わなかったのか、アナは少し遅れてテント内に入った。
(落ち込んだ表情をしてやがんな。……まだ責任感じてんのか)
団長用とはいえ、所詮は簡易組み立て式のテントだ。
高さは立っている成人男性がギリギリ、横幅も四人が寝転べる程度のスペースしかない場所だ。
それでも、クズは一人で使用しているからアナが入った所で多少は自由に動ける。
だというのに、アナは入り口の前に立ったまま動かない。
互いの呼吸音すら伝わりそうな距離で、クズは片膝を立てて座り――。
「……飲めよ。実は俺、首が弱いんだ。……いつまでこうやって見上げさせておくつもりだ?」
荷物から取り出した杯に安いブドウ酒を注ぎ、アナへと差し出した。
「ん……。ありがと」
クズの心情を読み取ったのか、アナは敷かれた毛布の上に座る。
互いに向き合い、一口酒を飲んでから――。
「……私、浅はかだったね。そもそも、私は……奴隷。クラウスの物なのに、反抗するなんて……ダメだったね」
ボソリと口にした。
(やっぱ、そんな事を気にしてやがんのかよ。……マイペースで意思が強い癖に、生真面目な所は変わんねぇな)
幼馴染みとは言え、再会したのはつい先日だ。
数年経った彼女がどう変わったのか、クズも測りかねていた。
ぽけっとした外見とは裏腹に、王女として誰よりも真面目で、責任感が強い。そして、柔軟性が乏しい故に、精神的に脆い部分があることは分かっていた。
(何年もたてば……少しは頭も柔らかくなって、割り切れる性格に変わるかと思ったが……)
成長しない、変わらない――。
だからこそ、当時の幸せな日々を――昨日のように思い出せる。
「いいんだよ。籠に囚われて言いたいことも言わないアナは見たくねぇ。だから、あのムカつく伯爵に五億出したんだ。俺の奴隷として窮屈に生きる必要はねぇ」
「――それは……私なんて、どこにいってもいいってこと?」
「……は?」
何故そうなるのか。
クズには理解出来なかった。
「だって……。クラウス、私がどこに行っても良いみたいな言い方してた。私が反抗した時も、怒ることもせずに置いていって。……私、何もできないから……いつか捨てられちゃうんじゃないかって」
アナは不安だった。
シルフィの風に癒やしの魔法を乗せて僅かな体力の回復や治癒はできるものの、武力は低い。
傭兵団において、自分はお荷物でしかないのではないかと。
「いや、あれは……。時間との勝負って部分があったし、危険と隣り合わせになる計画だったから残してっただけで」
「――つまり、足手まといの役立たずって事だよね。……もっと強いチチちゃんとかだったら、クラウスも連れていってたよね」
「アナ……お前」
クズの優しさや気づかいが――かえってアナを苦しめていた。
大切にするあまり、危険や仕事を与えない。
それは、自分が傍にいる意味があるのかとアナに疑問を抱かせてしまうことになる。
(そうか……。アナの羽を奪って、籠の中で愛でようとしてたのは俺も一緒か)
クズはやっと己の過ちに気がついた。
「不安にさせて悪かったな。――俺にはアナが必要だ。精神的にも、何もかもだ。適材適所って言葉があるだろ?」
「……うん」
「アナは自分で言うように、戦闘力は高くない。だけどな、アナが来てからうちの団員はいつもより笑顔が増えた。荒事が多くて精神が参りやすい傭兵稼業で、華のように皆に癒やしを与えてくれるアナは、かけがえがねぇ存在だよ」
「それは……クラウスにとっても?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ抱いて」
「ああ――……ああッ!?」
突然の『童貞卒業させます宣告』に、クズは驚愕して葡萄酒ごと杯を落としてしまった。
(どどど、動揺して酒をこぼしちまった! うわ、服の下まで染みてきた、冷てぇ……。――いや、そんな事より!)
だがそんな事よりも、今は爆弾発言の方が重要だ。
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