8話
「――依頼が残っているだと!?」
「ええ、この町に黄金の鎖のメンバーはいらしてないですね。……クズさんのお話を聞く限りでは、多分街道の途中にある迂回路でセイムス王国方面へ引き返したのではないかと」
土と汗で臭いがキツい幹部集団を前に、ギルドの受付嬢ですら営業スマイルを歪めていた。
「ちっ……取り逃がしたか」
「次は逃がさない」
「狩人を舐めない方が良い。――いつか、射貫いてみせるよ」
「みんな、目的が変わってるね?」
「……あの、ご納得頂けたなら、それをギルドの外で武器の手入れをしているお仲間にも伝えて下さいませんか? 怖すぎるとクレームが入ったようで」
「ん、私がいくね」
トコトコとアナがギルドを出て行く。クズを始めとした幹部と違い、彼女が通るとふわっとラベンダーのように甘い香りがした。
「……あの美しい香り、どうやったら出せるのか。僕も教えてもらおう」
「んな事より、依頼だ! 一番報酬が高いのはなんだ!?」
「そうですね……。今ですと一体に武装兵四名は必要な羊型のD級魔物、ズラトロクの群れが目撃されていますから。ギルドから出る討伐依頼報酬と、採取出来る毛皮や黄金色の角を考えれば――すいません、ちょっとだけ失礼します」
依頼について説明していた受付嬢の後ろから、同僚と思われる人が声をかけた。息を切らしている所を見ると、緊急の案件を抱えて裏口から入ってきたのだろう。
何はともあれ、途中まで告げられた依頼の内容についてクズ達は話し合う。
「僕は賛成だね。……今なら、金色の敵はいくらでも狩れる気がするんだ」
「私も。この依頼を受けるのは、もうお金だけの問題じゃない。金色は敵」
「ああ、俺も賛成だ。よし、この依頼を――」
受諾しよう。
そう思いながら、羽根ペンを手に受付嬢達の話し合いが終わるのをクズは待ち構える。
受付嬢がこちらを向くと、焦燥感と期待に満ちた顔をクズに向けていた。
「すいません……。腕の立つ第Ⅳ級傭兵団である失落の飛燕団さんには、先程の依頼じゃ無く緊急の――」
「――お断りします。先程の依頼の書類をください」
爽快な笑みと声で、間髪入れずクズは断った。
「待って、どうか最後まで聞いてください!」
机から身を乗りだし受付嬢がクズの襟首を掴む。
「ふざけんな、離せ……オイ離せよ! 絶対に面倒な依頼だろ!? こういう展開、俺は慣れてんだよ! どっかの王都にいる行き遅れマスターのせいでな!」
「シリル様の話なんて今は関係ありません!」
「おま……行き遅れマスターで通じるのか!? あいつ、どんだけ行き遅れで有名なんだよ!?」
「今は他の子の話なんてしないで! 私だけの話を聞いて!」
「あんた、あいつと同じ臭いがすんぞ!?」
「臭うのはあんた達でしょ!? 違うの、そうじゃなくて緊急依頼を――」
「――だから断るって! 嫌なんだよ、絶対に危険な依頼だろうがこの流れ! 俺は団員の安全が第一なんだよ!」
「だから違うんです! 危険よりも、とにかく急ぎなだけなんですよ!」
「……急ぎ?」
「そうです! 実は海岸沿いの漁村が何者かに襲われたようで……。住人が殺されたり攫われてるそうなんです!」
「……違法な商船と傭兵団による奴隷狩りか」
「おそらくは……。先程、その村から逃げてきた村長の娘さんが来て……緊急依頼をギルドは受諾しました」
「なるほど……」
考えながらクズは思う。違法な奴隷船は、確かに憤るものだ。だが、それこそ領主が抱える騎士団が真っ先に出向くような案件だ。
つまるところ、クレイベルグ帝国から派遣された領主貴族が繋がっているのか――と。
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