9話

「わかった。金額にもよるが、その依頼を受けよう。村の位置は?」

「ヘイムスとの国境ギリギリの村です!」

「そうか、前言撤回だ。断る」

「何でですかぁああああああああああああ! 罪も無い村人が強制で奴隷にされてもいいんですか!? 嘘つき、人でなし、このクズッ!」

「こっちにも事情があんだよ! 騎士団や駐在の治安維持部隊を頼れよ!」

「それが頼れないからギルドに依頼が来てるんじゃないですかぁああああああ! ドルツ子爵様の課す重税を払えなくて、見せしめにされてるんらしいんですよ!」

「ええい、離せ! 俺はヘイムス王国の近くで目立つ訳には――」

「――その依頼、受けたい」

「……は?」


 いつの間に戻ってきていたのか、アナが扉の前で言った。

 奴隷という言葉に強い拒否反応が出たんだろう。

 いつものぼうっと眠そうな表情ではなく――意思の強い瞳で告げていた。胸元に当てられた手はグッと握られながらプルプルと震えている。


「……ッ!」


 クズの頭の中に、幻覚が浮かぶ。

 ボロ布を着せられ、首に鉄の輪をして奴隷となったアナが――暗い顔で扉の向こうに連れ去られていく姿だ。


「……わかった。依頼を受けよう」

「義兄様、いいの?」

「クズ君、冷や汗が出ているよ?……本当にいいのかい?」

「これはそう言うのじゃねぇ。……ただの、悪夢みたいなもんだ」

「――ありがとう!」


 クズの胸に、嬉しそうな顔をしたアナが飛び込んできた。

 確かに感じる温もり、ドクンドクン脈打つ鼓動。

 間違いなくここにアナはいる。

 奴隷として消えていない。

 クズはそう安心した。


「……それで、お姉さん。依頼の詳細は?」

「あ、はい。それは――」

「――お兄ちゃんが、私の依頼を受けてくれるの?」


 十歳前後の小さな女の子が、クズに話しかけてきた。胸には大きな布袋を抱え、ギルドの床に小さな靴型の泥がついている。

 服装もドロドロ、その小さな身体を精一杯動かし、急いで助けを求めてきたことが窺える有様だった。


「お嬢ちゃんが依頼人か?」


 クズはがに股でしゃがみ、村から来た少女と目線を合わせた。


「そうです! お願いです、私たちの村を助けてください!」

「……その金は、依頼金か?」

「はい! これ、お父さん……村長からっ!」


 布袋を開けると、軽く五百万ゼニーは入っていそうだった。

 小さな村に貯えられていた金額としては、間違いなく全財産だろう。

 村の全財産をこの少女に持たせたということは――この子だけでも逃げて、無事に暮らして欲しいという村長の心を感じた。


「これ、足りませんか!? 足らなければ、私なんでもするから……お願いします!」


 重そうな布袋を差し出したまま、頭をガバッと下げる少女。

 その足下の床にはポツポツと雨が降っているような染みが出来ていく。

 クズは袋に手を伸ばし――。


「――前金はもらうぜ」


(五百万で前金なんて、強欲過ぎる!)


 受付嬢が文句を言おうと机から身を乗りだした時――。


「これで依頼受諾は完了だ。……間に合うかは分からんが、全力を尽くそう」


 袋の中から、一番安い貨幣――十ゼニーを手に取り、クズは少女の頭を優しく撫でた。


「あ、ありがどうございます!」

「ま、前金の規定は三分の一で――」


 口を挟もうとした受付嬢をクズが睨む。

 歴戦の戦士であるクズが本気になっている眼光は鋭く――射竦められた受付嬢は口を噤んでしまった。


「残りは成功報酬だ。俺が受け取る金を盗まれたら困る。残りはギルドに預けておけ。逃げないよう、君の身柄もギルドに預かってもらう。いいな?」

「は、はい。わかりました。……お兄ちゃん、ありがとうございます!」

「おう、いい子だ。……おい、ナルシスト! 出発の準備を――」

「――いつでも行けるよ」

「もう準備出来てる。後は義兄様とアナ義姉様を待ってるだけ」


 開いた扉からは、馬に乗った幹部二名と――意気揚々としている傭兵団の面々が顔を覗かせていた。その顔は、先程まで死霊系魔物のようだった連中とは思えない。

 幹部達はクズがこの依頼を受諾する事を理解し即座に行動に写っていた。

 傭兵団の面々も「ロリコンクズ団長だからな」と笑いながら大急ぎで準備を整えたのだ。


「わかった。オイ、受付の姉ちゃん。この地図に村の位置をマークしてくれ!」

「あ……はい!」


 受付嬢はクズから地図を投げ渡され、慌てて村の位置を探してマークした。


「――うし、行くぞテメェ等! お相手さんも、狩るからには狩られる覚悟があるって事だ。容赦すんじゃねぇぞッ!」


 クズは颯爽とギルドの扉を出ていき、号令をかけている。

 周囲からクズと呼ばれる男の後ろ姿をみて、受付嬢は思った。


「――クズなだけじゃなくて、ロリコンなのね……」


 村から逃がされた少女の頭を撫でながらクスリと笑い――遠ざかっていく馬の蹄の音を聞いて呟く。


 時間的には絶望的。


 それでも、どうか間に合ってくれと――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る