10話
「……テメェには関係ねぇ話だろ」
「いいや、関係があるだろうな。幼い頃からお前を見てきた私にはわかるぞ。クラウス、お前ほどの腕があれば、傭兵団などもっと大規模にして各地に名を馳せる活躍も出来たはずだ。――それをしなかったのはなぜだ!?」
「…………ッ」
「お前が答えぬなら、この父が代わりに答えてやろう! お前は同情や憧れ、好意などという移ろいやすい感情を持つ者が寄るのを怖れている! また裏切られるのが怖いのだろうッ! 信用しようと思い込んでいるのに、いつ見限られるか不安で仕方が無い! だから、己の目の届く範囲の人数しか傍に置かない、傍にも行かないッ!」
「いい加減に黙りやがれぇええええええええええええええッ!」
眼を目一杯開きながら、型も何もない力任せの剣をクラウスは叩き付ける。
だが、そんな剣は簡単に受け止められてしまう。
ギチギチと鳴る剣同士の下、ランドルフが口角をつり上げたのがクズには見えた。
「挙げ句の果てには、『失落の飛燕団』とやらに己と似た境遇の者を集めた。更には『傭兵団』として一つの紐帯めいた形式まで作った! それは即ち、人々がバラバラに離れないよう締め付けたに過ぎぬッ! 貴様は、また家族を欲していたのだな。寂しくて仕方が無いから、お前を裏切れぬ『家族』を作ったのだ! それが歪で偽りのものと知りつつも。――哀れなものだなッ!」
「うるせぇぇええええええええッ! テメェこそ、知った風な口を聞いてんじゃね゛ェ゛エ゛エエ゛エエ゛エッ!」
再び始まる斬り合いと体捌きの応酬。
序盤はクラウスが圧倒的に有利に進めていたのに――今ではクラウスは劣勢だ。
「どうした、図星を突かれて動揺しているのか!? 体捌きにまるで精細がないぞッ!」
「テメェに、テメェにだけは何も言われたくねぇッ! 裏切った張本人が、言うんじゃねぇッ!」
「確かに、貴様をそこまで歪に歪めてしまったのは私と帝国だッ! だが、貴様がまた家族を欲しているなら話は早いッ!――今こそ、本物の家族が再度集まるのだ! アレクサンドラ王女も、それを望んでいるはずだ!」
「――なっ……!?」
アナの名前が出て、動きが一瞬止まった。
剣術の達人であるランドルフはその隙を見逃さない。
素早く身を伏せ足払いを掛けると、クズは地に転がった。
「クソが……ッ」
素早く地を転がり、跳び片膝立ちになる。
しかし、その隙を逃さぬとランドルフは上段から剣を振り下ろす。
「この……下衆がッ!」
ランドルフの剣を受け止めたはいいが、体勢が悪い。
クズは押し返せず呻いた。
「マルターも居るなら、私は迎えたい! エロディアも探しだし、また本物の家族で過ごしたい! 家族の日々を絶った帝国に復讐するのだ、クラウス!――アレクサンドラ王女の仇討ちもせず、いつまでも偽りの世界へ逃げている事が王女の望みだと思うのか!?」
――本物の、家族……。アナの……望み?
クズの脳内に在りし日の家族の思い出が蘇る。
食卓を囲み笑い合った日々。
一緒に遊び、髭が痛いと嫌がる妹達を見て笑った日々。
どれもが美しく、楽しくて輝かしいものだった。
鍔迫り合いの中でクズの力は徐々に抜け、押されていく。
――家族との思い出の中に、アナが浮かんできた。
アナは……責めている。
約束も護らず、裏切ったクズを。
見捨てたクズを。
――嘘つき。私だけ見殺しにして。ひどい。酷いよ、クラウス。王城へ帰るって約束、信じてたのに。
これは自分がアナに抱いている罪悪感が作りだした脳内妄想だ。
そんな事は解ってる。――それでも、彼女は人生の最期、処刑される瞬間に何を思ったのだろうか。
――クラウスは裏切り者、だね。私、先に逝って待ってるから。
いよいよクズが約束を護らなかったと理解した最期、本当にこのような事を言っていたのではないだろうか。
――一人で死ぬの、寂しい。もう、一人は嫌。ずっと寂しいの我慢したのに、最期まで裏切られた。
――辛いよ、クラウス。結局、自由に翼を拡げてって約束も果たさない。……最低、だね
膝に力を込め、上から叩き斬られるのを耐える。
――だが、クズは顔を俯かせ苦悩に耐えるので必死だ。
みるみる力は抜けていき、押し込まれていく。
「……結局、自由なんてなかった。俺には、アナの見た翼なんてなかった。……約束を果たさず見捨てたままじゃ、アナも浮かばれないよな。そう考えれば……復讐して後追いも、悪くないのかもな……」
思わず呟いたクズの声を聴いて、ランドルフは笑みを浮かべる。
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