14話

「よし、東郷に木村! そのゲームで白黒付けて来い!」


 お座敷遊びのルールに従えと、クズは上機嫌に東郷と木村の肩をガシッと抱き寄せる。


 これには東郷と木村も流石に反発した。


「なんと!? クズ殿、これは藩の大事がかかった重要な問題! お座敷遊びの勝敗でどうこうなるようなものではない! オイら黒霧藩は名目上の主である幕府の指示に従ったまで。それを黒などとされる謂われはない! ましてや、その後の長門藩による辻斬りなどもっての他!」


「クズさん。不服ですが、私もこの東郷に賛成ですよ。……散っていった同志に、面目が立たない。確かに長門藩にも、兎に角復讐すべきだとか……。大八洲を太陽の神様が望んだ姿に正すという大義を見失った、血の気が多いアホも多いですがね。……良いヤツだって犠牲になってるんですよ」


 宴の席に合わぬ真面目な表情。

 低い声音で互いの主張をする


「かぁ~!? あんたらは復讐だ過去だって……。大八洲の武士とやらは、みみっちいな!?」


 酒臭い息で、クズはやれやれと首を振りながら嘆息する。

 この言葉に、東郷と木村はいきり立った。


「何!? オイらの武士道を愚弄するか!? オイらは幕府に今までの恩義を返した! 恩知らずの長門藩を道理に従い、叱りつけた! それを逆恨みのようにこやつらは!」


「……クズさん。私らは黒霧藩みたいに、武士道云々と古くさい事に拘るつもりはない。でもね、みみっちいとは聞き捨てならないですね。こっちは危うく、国が消える所だったんですよ?」


 肩を組まれながらも、拳に力を込めて文句を言う2人。


 そんな2人の意見を頷いて聞いてから――。


「――いいや! 俺から観ればみみっちいね! 俺なんか実の親父が国を裏切って、俺まで国を追放されたんだぞ!? 目の前で祖国滅亡、親が処刑されて野ざらしにされてるのまで見届けてよぉ~! そんな事をしてくれやがった帝国に、俺は大金を払ってまで想い人を取り返したんだぞ!? 英雄からクズ傭兵にまで身を落として、極貧生活を耐え抜いた上でだ! なぁアナ!? マタ!?」


「うん。クラウスはよく頑張ってくれた。怨敵だった帝国の伯爵とも仲良くしてたから、伯爵も私をクラウスに売ってくれた。本当に感謝してる」


「義兄様はクズだけど、野盗に身を落とし民を苦しめた父様に報いを与えた。そうしなきゃならない所は、感情を抑え込んでキッチリと締める。木の実を拾って生き延びた生活も、懐かしい」


 アナとマタは、若干自分を誇大表現しているクズに思う所はありつつも――大枠では嘘ではないと同意する。


 それでこの喧嘩が収まるならと、クズの言った言葉の後押しをした。


「なんと!? うぬぅ……。ワイは国を滅ぼした相手とも、利害や大義を果たす為には手を組む、と……。大義の為に清濁併せ呑むとは、この事か……」


「実の肉親に報い、か……。そんな器がデカイようなエピソードを出されると、参るねぇ……」


 テンションダウンしたのは――東郷と木村だ。


 どちらが辛いかなんて不幸自慢には意味が無い。

 過去に辛い事がない者なんて、そうはいない。


 クズも外国で大変な目に遭い、それでも前向きに生きてきて――実際、海を渡り鎖国をしている国に乗り込んでまで、己の成したい事を成そうとしている。


 その姿を東郷と木村も見ている。

 そう思うと東郷と木村は、自分たちがまるで『みみっちい人間』のように感じられた。


「過去に囚われるなんてなぁ、今これからを自由に生きる上で邪魔でしかねぇのよ! やられた分をやり返したら、後はウンディーネに頼んでザバッと水にでも流してもらえば良いんだよ! 分かる!? これからも敵対するなら、その時こそ全力でグーパンチだ! 本気で大切な者を護る為なら、他は全て些事なの!」


「ぬう……。本気で大切なものを守る為なら、それ以外は些事、か……」


「大義の前には、過去の諍いなんて邪魔な些事でしかない、か。耳が痛いですねぇ……」


 ――宴の席を盛り下げるな! 東郷、いっちょゲームとやらで俺たちを楽しませてくれ! 先の事を考えるな。一先ず、そのゲームでこの場の白黒を付ければ良いだろう!

 ――木村よ。これは妾たちの代理戦争。サラマンダー率いる東郷に負けるでないぞ? 妾を楽しませてくれ!


 大八洲人が崇める精霊たちまで、ゲームをして宴を盛り上げろと言う。


 盛り下がる喧嘩は止め、ゲームでけりを付けろと主張してくる。

 確かに、ここは戦場でも議論の場でもない。


 宴をする――座敷だ。


 ならばその場のルールに従うべきだろうと、東郷と木村は――。


「――よっしゃ! オイも黒霧男子じゃ。売られた喧嘩は、ゲームだろうと買ったろう! やるからには日頃の斬った斬られたの恨み、少しでも晴らさせてもらう!」


「ははっ……。私も、だいぶ酔ってるんですかね? 水の神様に指示されちゃ、断れませんよ。――その黒霧藩との喧嘩、長門藩士を代表して買ってあげましょうとも!……恨み、晴らさせてもらいますよ!」


 唯のゲームではない。


 本気の――恨みをのせたゲームを受けてやろうじゃないかと2人は言う。

 政の場ではない、お遊びとは言え――難き相手に負けてたまるか。


 その本気が――かえってゲームを面白くさせるとクズは直感した。


「お姉さぁあああん!? ゲームの説明、お願いしまぁあああす!」


「そうですなぁ……。じゃあ最初は分かりやすく――野球拳から行きましょか?」


 酒に酔い、テンションの高いクズは、綺麗なお姉さんにゲームの取り仕切りを依頼する。

 大八洲のゲームに興味もあるし、ルールも知らない。

 詳しい人に頼むべきだ。 


 だが――野球『拳』。


 拳や拳法を意味する言葉に、クズは表情を歪める――。

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