11話

「ああ!? 波音がドドドってすごくてねぇ。悪いが聞こえねぇなぁッ!」

 

――良いのか、クラウス。あやつ、かなりギリギリに見えるが。


「構わねぇ! 落ちたら泳いで戻らせる!」

「やっぱり聞こえてるじゃないか! ぼ、僕は泳げないんだ!」


 ――まぁ、なんだ。お前も苦労するな……。頑張れよ。


 風で頬を風船のように膨らまされたユニークな顔で訴えるナルシスト。サラマンダーが励ましながら哀れな男を見つめ、応援していた。

 ――だが魔力を注ぎ込まれ超高温状態で顕現しているサラマンダーへ当たった水しぶきが即座に蒸発し湯気となり――かえってナルシストの顔や髪をしっとりさせていた。そして当然、蒸気により熱いらしい。


 ナルシストはもう、死に物狂いであった。

 それでも、彼は美しくあろうと表情を引き締める努力をする。

 だからこそ最も微妙な表情になっている事に、当人は気付いていない。


「ナルシスト、変な顔」

「面白いね」


 先程までの沈鬱とした空気が一転し――マタとアナが笑顔になると、クズも笑う。


「――一番の見所はこの後だぜ! 村人を奪い返して、奴隷商どもをとっ捕まえんぞ!」


 狂気的な笑みを浮かべながらクズはウンディーネに波を高くするよう指示を出す。津波のような波はいよいよ大型帆船よりも高くなり――。


「――なんだ、この波は全員何かに掴まれ!」


 甲板にいるリーダー格と思われる男が指示を出すが――。


「無駄だ! 海に飲まれろ非道のカスども!」


 甲板に襲う強い波で乗組員の多くは船から投げ出され、海へと飲まれていく。


「――俺たちも乗りこむぞ! 全員、ロープを伝って殴り込む!」


 甲板にたつマストと洗体を固定する縄を、サラマンダーの炎で焼き切る。海上で波に揺られる小舟からマタとクズはギシギシと揺れる帆船に乗りこんでいく。


「ん、クラウス。お願い」

「おう! 背中に掴まっとけ。――ウンディーネ、海に落ちた奴らは殺すな。あと、この帆船を岸に寄せておいてくれ」


 ――やれやれ、難しい事を……了解じゃ。


 指示を出しながら、帆船から垂れる縄をスルスルと登っていく。

 よじ登るように甲板までたどり着くと――。


「――無様な格好を見せる原因となった君達の心臓は、既に僕の手の中だよ」


 小舟から投げ出され、帆船の物見に引っかかっていたナルシストが呟きながら体勢を整えていた。

 濡れた髪の毛を掻き上げ――次々に矢を射放っている。

 私怨混じりで。


「畜生、どこの海賊だ……ッ!」

「ボスに知らせろ!」


 甲板に出て来ようとする敵が、扉を盾に会話をしているのを聞いたクズは――口元を三日月のように歪めた。


「アナ、ここでマタと一緒にちょっと待っててくれ」

「ん、わかった」

「義兄様、どうするんですか?」

「いつもの奴だ。――サラマンダー君、あの扉を焼いちゃいなさい」


 ――おう、任せろ。


「――な、扉が燃えた!? 魔法か!?」

「――ひっ……な、なんだお前は!?」


 船室に入る扉が燃え崩れると――炎を踏み込え、侵入してくる双剣使いがあらわれた。

 太陽を背に、足下には炎。

 潮風に吹かれて揺れる腰のストール――その佇まいから、ただ者ではないことがわかる。


「……俺は機嫌が悪い。テメェ等のボスのところへ案内しろ」

「だ、誰が――ひっ」

「――俺がいつ、反論を許した? テメェ等にできるのは、黙って俺に従う事だけだ」

「ま、待って。金なら差し出す、奴隷も――」


 奴隷商船に乗っていた私兵らしき男達の喉元に――剣尖が突きつけられる。眼にも止まらぬ早さだった。


「金も奴隷もボスも……テメェ等の全てを差し出せ。変な動きをしたら……簡単には殺さねぇ」


 逆光で顔は良く見えない。――だが、鋭い視線と濃密な殺意が狭い船室に充満した。

 それだけで十分。

 私兵達は武器を捨て、クズの言うことに従った――。

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