8話

「オイオイ。なんだ、しけたツラしやがって」


 ――どうせ……、俺が導火線に火を付けるんだろ。一緒に吹き飛ぶのは……俺なんだろ。


 最後の危険な役は、顕界はしていても実質爆撃でダメージを負わない精霊という存在――自分がやらされる。

 そんな気がしてならないサラマンダーは、ダメージを負わないと分かっていても気乗りはしない表情であった。


「安心しろ。火種ならここに火打ち石と導火線を用意してある」


 ――ならいいんだが……。てっきり、俺の炎でこの導火線に火をつけるのかと思ったぞ。


「何言ってんだ?……だが、鼠が多いな。これで樽を囓られて爆薬が漏れたり導火線が切られたら厄介だ。サラマンダー、俺たちはドラゴンを誘き寄せてくる。悪いが、鼠を追い払っていてくれないか」


 ――仮にも大精霊の俺が、鼠退治か……。猫でも出来る役割だぞ。


「今ここで頼めるのはサラマンダーだけなんだ。頼むッ!」


 ――仕方ない……。わかった、行ってこい。……ウンディーネを送っているとはいえ、あまり愛する者たちを不安にさせるな。


「――わかってるッ。お前ら、次は坑道の入口まで行って誘き寄せだ、急げッ!」


 かつてないほど大急ぎで、クズはテキパキと行動に移る。

 アウグストやチチ、そして連携に慣れているナルシストまでをも置き去りにする勢いでクズは走りだす――。


 坑道は元々、一直線ではある。

 それでも、光がない坑道では前後左右の感覚が狂ってしまう。足下が気になり、思わず慎重な足取りになる。

 だがクズは、一切迷うこともためらう事も無く突っ走っていた。


(錬金術の探知を使っているのか。器用なものだ)


 クズの技量に関心しながらも、アウグストは心配ごとを零す。


「――既にドラゴンが飛び立って一時間は経っているか。……外の者が無事ならいいんだが」


 不安げに漏れたその言葉に、クズはキョトンとした声で――。


「――え、地上? そんなん、とっくにドラゴンに見つかってるけど?」

「「「――は?」」」


 軽く返すクズの言葉に、三人が思わず間の抜けた声で聞き返してしまう。

 今、なんて言ったのか。

 聞き間違えではないかと思いながら。


「さっきからウンディーネが『もう一人で持ちこたえるのはキツい』って泣きそうになってるし。……ずっと聞こえないふりしてるけど」

「なん……だって、クズ君?」

「何言ってんの? 当然じゃん。――相手は空を飛んでるんだよ?」

「ク、クズ団長殿?」 

「ねぐら近くの広場で待機する五百四十人近くの人間――空からなら、すぐ見つかるに決まってるじゃん」

「クラウス貴様、分かっていてクララ王女たちを囮に……ッ」

「だから俺は、本営に残ってくれって言ったんだ」

「――ハナから、五百の兵を囮にするつもりだったのか!?」

「頭の良いドラゴンだぜ? 外で怒らせでもしないと、こっちの罠に引っかかってくんねぇよ」

「貴様……ッ。アナント王の娘も居るというのに、あれほど強くなって護れと……ッ」

「――ウンディーネが全力で護ってる。俺たちにできるのは、少しでも早く半ギレのドラゴンをこっちに誘き寄せるだけだ」

「この、クズが……ッ!」

「言ったろ、クラウス・ヴィンセントじゃない。――クズの戦いを見せるって」

「大切な女を囮にするなど、姑息なワシでもやらんぞ……ッ」

「――俺だって、やりたくなかった。でも、何もしねぇのが辛いって言われちまったんだ。――それならよ……。最大限の魔力を送って援護しながら、やりたいことに挑戦させるしかねぇだろ」

「それでも……ッ」

「可愛いからって、いつまでも安全な籠に入れて愛でる――そんなもんは愛じゃねぇ」

「ぐぬ……ッ」

「十三歳の弟子を魔域に放り込んで……死ぬ事も許さなかったあんたならわかってんだろ」

「それは……っ。確かに、ワシもクラウスを魔域に放り込んだが、それは……ッ」

「――アナもクララもなぁ、不自由な籠に入ってる見世物じゃねぇんだよ。――あいつらは、意思を持つ人間だ! 愛してるからこそ、信じて冒険させてんだろうがッ!」

「く……っ。……待てよ、最大限の魔力を送ってと言っていたな。まさか、錬金術で掘り進めるのに難渋していたのは、顕界しているウンディーネの方に魔力の大半を――」

「――いいから走れ、アウグストの爺!」


 後ろ姿からは、クズの表情はうかがえない。

 だがアウグストは、遅まきながらに理解した。


「――愛する者の意思を尊重しつつ、危険から護る最大限の努力をしたか。そしてこれから、最大の危険をも引き受ける。……護るだけではなく、並び立たせる……か。成長したな、クラウス」


 かつては小さな子供の背中だった。

 それが、愛する者の真意を理解する男の背中に見える。

 やり方はクズだが、頼もしくなった。

 アウグストはふっと笑いながら、鎧をガチャガチャ鳴らし懸命に走り続ける。

 病で悲鳴をあげる内臓に、あと少しだけ持てばいいと言い聞かせながら――。

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