14話

「――……クラウス?」


「うるせぇ。話かけんな……。テメェはもう蒸発したことになってんだよ、俺の中じゃあな」


「……私を、助けるのか?」


「……あんたは、金になるからな。これは焼灼止血法ってやつだ。酷い火傷は負うが、血は止まる」


 左腰の鞘に恩賜の剣を納めながら、クズが眼も合わせず言い捨てる。


「……なぜ、私を殺さない? 本当に金の為なら、首を持って行けばいいだろう。身体はゴミらしく、灰にして燃やし尽くせばいい……」


 ランドルフは、不思議でならなかった。


 自分をあれだけ憎んでいた息子だ。


 殺されて当然な仕打ちをした自分を――なぜ助けるというのか。


「殺すなんて楽にさせてやるかよ。あんたが言うように、復讐してんだよ。……あんた、昔おれに言ったよな。『敵に捕縛されることは死より重い屈辱だ』って。あんたは今、大嫌いな『敵に捕縛』されてんだ。俺はあんたに『死より重い屈辱』を与えてやった。これで、俺のあんたへの復讐は終わりだ」


「クラウス……。お前は……。――なんて、不器用な男に育ったんだ……」


 父は解っていた。

 クラウスは本心で言っていない。

 自分を助ける建前を、他ならぬ己に言い訳していることに。


「……俺はクズで、実の父親を嬉々として殺せねぇ半端な臆病者だからな。笑いたきゃ笑えよ。自分でも、失笑してんだからよ。……言っておくが、助かったなんて思うなよ。あんたの処遇を決めるのは領主だかんな。せいぜい、いい金になれよ……」


 そう言い捨てながら、ランドルフの血だらけの身体を背に担いで下山するクズ。


 一時は自分の体内に父親の血が流れていることを恥じた。


 そんな血がクズの衣服に大量に付着し、外からクズの肌にまで染みていく。


 今のクズは、血が付くことを嫌がることもしなかった。


「かつては。……幼い頃は、自分がおんぶしていたはずなのに、逆転してしまったな」


 大きく、逞しくなった。


 そんなクズの温もりを感じながら、ランドルフは――。


「それに、まだ俺を父と呼んでくれるとはな……」


 静かに涙を流していた。


「……あの時、俺が指揮官だったら。……もしかしたら、あんたと同じ選択をしたかもしれない」


「――そうか……そう、か。私は、どんな裁きでも受け入れよう。随分遅れた上に、重ねてしまった罪――その全てを快く受け入れよう。それが、せめてもの贖罪だ」


「…………」


 クズは返事をしない。

 自らの運命を受け入れた父を、どんな事を考えながら担いでいるのかは分からない。


「……クラウス。お前は精霊と心を通わせ、三つめの天職を作り出したようだな。――お前はさしずめ、世界を緋色に照らす炎を纏う魔剣士。――『緋炎の魔剣士』だよ……」


「――『緋炎の魔剣士』か……。もしかして、飛燕とかけてんのか? 籠の中の鳥相手に、皮肉が効いてるじゃねぇか」


 緋色というと、アナと一緒に王宮を抜け出した時に見た夕焼けに染まる風景を思い出す。


 大海に沈んでいく夕陽が作り出した情景が次々と浮かんでくる。


 大切なアナを失ったクズにとって、緋色とは別れの寂しさを象徴する色だった――。


「『魔剣士』というのは、遙か昔に大国を築いた伝記物語に登場する英雄の職業だ。……クラウス、お前なら、幸せな国を取り戻せるかもしれない――」


 大量の出血によるダメージ。


 そして長年苛んでいた罪悪感から解放されたのか、ランドルフは言葉の途中で気を失うように眠った。


 父からの最後の言葉を聞いたクズは――。

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