11話
――そして翌日。
小鳥がチュンチュンと囀る朝の爽やかな空気が、整えられた庭園をより上質なものへと高めていた。
高貴な薔薇の香りが風にのって鼻腔をくすぐる。
クラウスはクララとともに、優雅な朝の散歩をしていた。
「見てください。こちらの薔薇、朝露で輝いてますわ。――ん、香りも素晴らしい」
「……そうか」
「おや? 嗅がないのですか?」
「――この状態でどうやって足下の薔薇の匂いをかげって言うんだコラァッ!?」
「まぁ、クラウス様。今の大声で小鳥が羽ばたいて逃げましたわ」
「俺も羽ばたきたいですわ!」
「格好としては、鳥のようですわよ?」
「――だろうな!? 背骨みたいに木の棒、腕にも木の棒添えられてんだから! 畑に置かれた案山子か俺は!?」
「あら、案山子は移動しませんわ」
「でしょうね! よく作ったな、車輪付きの台の上にこんなもんをよぉ!? 磔で市中を引き回すつもりか!? お前は本当にスゲぇなぁッ!」
台車の上で、クズは磔のようになっていた。
台車を動かす為の持ち手はクララが押している。
「頑張りましたの」
「その頑張りは違う方向で発揮してくんねぇかな!?」
「……私としたことが、クラウス様の仰る通りでしたわ」
「おう、悔い改めろ!」
「――やはりレディたるもの、お茶の用意をしないとですわよね」
パチンと指を鳴らすと、メイドがあっという間に席と菓子、紅茶を持ってくる。
「さ、モーニングティーといきましょう」
「そんな優雅なことする案山子がいてたまるか! さっさと解放しろって言ってんだよッ!」
「クラウス様には、私が煎れた紅茶を味わっていただきたくて……あれ? クラウス様、身長が伸びましたね?」
「台車に乗ってるからじゃねぇかな?」
フワフワと清らかな香り付きの湯気が漂うカップを、クララはクズの口元へ運ぼうとする。
だが、残念なことに身長差で届かない。
「……困りましたわ。椅子の上に立つなど、淑女として失格ですし」
「淑女以前に人としてって所から考えようか?」
「クズを自称されるクラウス様がそれを言われますの?」
「……それを今言うのって、ずるいよ」
一瞬で黙らされてしまった。
日頃の行いを持ち出されてはたまらない。
この一瞬、人としての道を外れているクララ。
対して、常時人の道を外れようとしているクズだ。
何も言い返せない。
「――そうです、こう致しましょう。これなら足りない身長差もカバー出来ますわ」
「――は?」
直立させられていたクズの視界が――急に斜め上に写る。
(わぁ、綺麗な青空……って、なんじゃこりゃあああッ!?)
美しい庭園と愛の深い少女を見ていた視界が空に染まり――
「よいしょ」
背後で、ガタッと音がして、視界が斜め上に固定された。
「――クララさん、俺の背中に入れられた木の棒を何かに立てかけた?」
「まぁ、さすがは聡明なクラウス様ですわね。そうです、城壁に立てかけさせていただきました」
「俺は箒かなんかか、このボケぇえええ!?」
「お待たせ致しました、紅茶ですわ――……ぁ」
「あっちぃいいい! 顔に、熱湯がぁあああ!?」
「すみません、カップだと急に零れてしまって……」
「そりゃそうだろうね!? カップさんは啜る構造をしてるんだから! まさか斜めになってる人の口に注がれると思ってねぇだろうよ!?」
「注ぐ……。――あ、良い物がありましたわ」
閃いたような声をさせて視界から消えたクララに、クズは顔を青ざめさせる。
「おい……クララさん? まさかとは思うが――」
「――注ぎやすいものを見つけましたわ!」
「それティーポットッ! 違う、それはヤバいって!」
「お待たせいたしました、たっぷりどうぞ」
「あっちぃいいいいいいいいいんだボケぇええええええッ! ぬんぉおおお口が、燃えるようにヒリヒリするぅううう!」
「まぁクラウス様。さすが英雄ですわね。自由を奪われる程に強力な魔道具をしているのに、跳ねて逃げられるなんて」
「痛みでの無条件反射じゃぼけぇえええッ!」
余りの熱さに身体が無意識でビクンビクンと痙攣したクラウスは、台車ごと庭園を転がり――うつ伏せに倒れんだ。
そして芝生に口を押しつけて熱さを和らげている。
「私のしてきたお茶修行では、まだまだクラウス様を喜ばせられない……」
「オイ、反省なら後でしろ! まずは起こしてくれ!」
「――先生の元で修行しなおして来ますわ!」
「俺は!? クララさん、この姿勢のまま俺を置いてかないでぇえええ!」
サクサクと潰された芝生の音が遠ざかっていくのを、クズは地に耳をつけて聞いた。
結局、寂しそうな顔をしたアウグストが助けてくれるまで、クズは泣きながら助けを呼び続けていた――。
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