第1章 男子にトラウマがある幼馴染と心配な俺

第1話 幼馴染が男子にトラウマがある件について

 ■4月16日(月) 


 入学式から10日程経ったある日のこと。

 室内に、PCのキーボードを打つ音が鳴り響く。


 ここは、筑派大学の計算機学部にある計算機室だ。

 計算機室は、学部生共用のコンピュータがずらっと並んだ部屋で、実習でよく使う。


 今は、計算機学部の必修講義「コンピュータ実習」の真っ最中。

 コンピュータに慣れていない人向けに、基本操作を教える講義だ。

 今回は、超有名表計算ソフトであるExcelエクセルの実習だ。

 

 しかし、超退屈だ。

 表計算ソフトの使い方なんて、大学に入る前にとっくにわかっている。

 今更聞くまでもないというものだ。

 というわけで、俺は実習を終えて、ツイッターでニュースを見ている。



 ふと、隣のディスプレイをのぞき込む。隣に居るのは幼馴染のミユ。

 実習の席は高校までと違って自由なのだが、こいつはいつも俺の隣に座る。


 どうやら、ミユも同じく課題を終えていたようだ。

 しかし、それはいいのだが。

 キノコを食べる有名配管工おじさんのドット絵が表示されていた。


【ミユ、何してるんだ?】


 ラインでメッセージを送る。


【表計算ソフトでお絵かき中だよ】


 速攻で返事が返ってきた。ニコニコしているが、一体、何が楽しいのか。


【おまえが何を言ってるのか全然わからん】

【『Excelでお絵かきしてみた』って話題になってたから真似してるんだ】


 確かにそんな記事を見た気がする。

 表計算ソフトでえるExcelのセルには色をつけることができる。

 で、セルを1ドットにして、1シートで絵を描くというのだったか。

 しかし、そんなのを速攻で真似できる奴はそうそう居ない。


朝倉あさくらさん、ちょっといいかな」


 同期の学生がミユに話しかけている。

 安井やすい君だったか。

 彼は学部の女子にいい顔をしたいタイプの男子だ。

 正直、あんまりいい印象じゃない。


「私に何か用?」


 途端に棘がある声色になるミユ。言葉も喧嘩腰だ。


「ちょっと実習課題、教えてあげようか?」


 どうも、Excelの課題に詰まっていると踏んだようだ。大外れだがな。


「そのくらいわかってるんだけど」


 ミユの声に苛立ちがこもっている。ああ、これ、ヤバいやつだ。


「詰まってるのを、言いづらいのはわかるけどさ」


 往生際が悪い安井君。

 それくらいにしとけ、と心の中でつぶやく。


「だから、そんなのわかってるの。安井君だっけ?」


 ミユがどんどん剣呑な雰囲気になっていく。

 

「うん。名前覚えててくれたんだ」


 ほっとした表情になる安井君。ほっとしちゃ駄目だぞ。


「教えるのを口実にして、近づこうって下心が見え見えなんだけど」


 言葉のナイフで安井君を突き刺すミユ。


「それに、私の画面見て、課題終わってるのもわからないの?」


 ミユはさらに追撃する。容赦がない。そして、トドメに、


「別に、下心丸出しでもいいけど、相手は選んだ方がいいよ」


 凍てつくような鋭い声で一刀両断するミユ。沈黙が辺りを支配する。


「すいませんでした。下心丸出しでごめんなさい」


 安井君は、半泣きですごすごと引き下がる。変に食い下がるから。


 しかし、安井君を撃退したミユはといえば、泣きそうな顔を向けてくる。

 

 あいつは色目使ってたから、ざまあみろと思うんだが。

 それはそれとして、こいつにはトラウマがあるからなあ。


◇◇◇◇


 午後の講義が終わって、連れ立ってアパートに帰った俺たち。

 ミユは我が家のように、俺の部屋に上がり込む。隣同士だからいいんだけどな。


「はぁ。またやっちゃったよ、リュウ君」


 俺の膝を枕にしながら、泣き言を漏らし始めた。

 ミユの枕になるのももう何度目か。

 ミユの最大の欠点は、男性が相手になると、急に風当たりがきつくなってしまうところだ。

 相手がしつこい奴だったらまだしも、普通の男子にも過剰反応してしまう。


「相手もしつこかっただろ」


 だから、今回は気に病まなくていいと思うんだがなあ。


「でもあそこまで言う必要はなかったよね」


 しょぼんとした声のミユ。その声に胸が痛くなる。


「もうちょっと穏便に追い払えれば言うことはないけどな」


 髪を撫でながら、そんなことを言う俺。

 ふわふわとした地毛は撫で心地抜群だ。

 いつまでも撫でていたくなる。ほんと、可愛いやつだ。


「私も、治せるなら治してるんだけど」


 ぷくっと膨れた表情で言うミユ。

 悪いところを治したい、と思えるのは美点だ。昔から、こいつはそうだった。


「本当、おまえ、可愛いのにな」


 ぷにぷにとほっぺをつついてみる。


「もう。ほっぺぷにぷにしちゃ駄目」


 と指を引き剥がされてしまう。残念。


「それに、他の女の子に、簡単に言っちゃ駄目だよ?」


 めっとするように言うミユ。


「何を?」

「可愛いとかそういうの!」

「言えるか。だいたい、うちの学部、女子は10人居ないんだし」


 計算機学部は男の園。男女比率は驚きの9:1だ。

 だからこそ、希少な女子は同じ学部の男子に狙われやすい。


「リュウ君、モテるもん」


 小中高とずっと一緒だったのに、何を言ってるのやら。


「告白されたこともないぞ」


 本当に、女子から告白された経験は一回もない。なのに、ミユは何か言いたげだ。


「どした?」


 伊達に長く過ごして来ていない。言

 いたいことがあるのはわかる。でも、何が言いたいのかよくわからない。


「……何でもない」


 そう言って、顔を背けてしまった。無理に聞くことも無いかと追求は諦める。


 こんな俺たちだが、付き合っていない。

 もちろん、ミユは女だし、可愛いし、綺麗だし、女性としての魅力がある。

 彼女を見ていて、時にはドキドキもする。それでも付き合ってはいない。


「すぅ……すぅ……」


 その内に、すやすやとミユの可愛い寝息が聞こえてくる。寝顔はあどけなくて、可愛い系のこいつがもっと幼く見える。しかし、俺が相手とはいえ、こう無防備なのはどうなのだろう。


(こいつに男が出来る日が来るのな)


 俺に見せてるような顔を出せれば、どんな男子だって、イチコロだと思うんだが。

 幼馴染の贔屓目は入ってるかもしれないが。


(高校の時に、さえしなければ……)


 もう終わったことだけど、どうしても、恨みがましい気持ちになる。

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