第32話 幼馴染が恋と愛を知った件について

 今日は7月11日の土曜日。外は暑さを増して来て、出来れば涼しい部屋でじっとしていたいところだがー


 ぱしゃ。デジカメのシャッター音が鳴る。


「これであと何枚だ?」


 ミユに尋ねる。


「うーんと……290枚かな」



「うへえ。ほんと、一体なんでこんなことしてるんだろうな」


 この暑さの中、キャンパスの敷地で写真を撮りまくるのがミッションなのだから、ぼやきも出る。


 ことの発端は、昨夜に遡る。


ーー


「大学を舞台にした3Dゲーム作ったら面白くないか?」


 唐突に俊さんがまた変なことを言い出した。大多数の部員は、また俊さんか、という感じで、華麗にスルー。


「おお。それいいね。やろうぜ」


 応じたのは、カズさんこと山田和人さん(16話参照)。元々、俊さんとつるむことが多い人だ。


「大学を舞台にした3Dゲームって何ですか?」


 ちょっと想像がつかない。


「詳細は決めてないが、大学のキャンパスを舞台にしたFPSってところだ」


 FPS(First Person Shooter)とは、3D空間内を、主人公の一人称で移動できて、武器を使って戦うゲームの総称だ。いわゆる洋ゲー(海外のゲームのこと)にはFPSが多いが、日本でも有名な3DゲームをモチーフにしたFPSはいくつか出ている。


「かなり素材が要りません?俺たち個人で作れるんですか?」


 FPSはプレイしてみたことがあるが、広大なフィールドを舞台にするため、かなりの数のポリゴンが必要だ。とても、一個人ができるとは思えないのだが。


「商業並のものは無理だが、最近は写真から3Dモデルを作るソフトがあってな。聞いたことはないか?」

「いえ、初めてですね」

「はいはい。以前ちょっといじったことがあります!」


 ミユの奴、いつの間に。


「というわけで、写真を撮りまくれば、そこから3Dモデルは作れる」

「一体何枚撮ればいいんです?数十枚やそこらじゃないでしょうに」

「そこで、おまえたちの出番だ」


 がしっと肩を掴まれる。この俊さん、結構鍛えている人なので、とても迫力がある。


「分担して、写真を撮るのに協力してくれないか?」

「いいですけど。俺、デジカメ持ってませんよ」


 まさか、スマホカメラだけで撮るわけでもないだろう。


「デジカメならここにある。1秒間に10枚以上撮れる代物だ」


 ドスっと音がしそうな重そうな一眼レフを手渡される。一眼レフなんて初めて使うぞ。


「俺、一眼レフとかうまく使える気がしないんですが」

「事前にいい感じに調整しておく。任せたぞ」

「わかりました。で、どこまで撮ればいいんですか?」


 どうせ暇なんだし、引き受けてもいいか。


「とりあえず、計算機学部棟の1〜4階までで。1階辺り、100枚くらい目安で頼む」

「ひゃ、ひゃくまい」

「大丈夫。シャッターを押せば即撮影できるから、4時間もあれば十分だろう」


 4時間もやるのか。引き受けたことを少し後悔しそうだ。


「じゃ、私がサポートするね」


 せめてもの救いは、ミユが着いてきてくれることか。


ーー


「あー、くそ暑い……」


 以前の教訓もあって、準備はちゃんとしているが、暑いものは暑い。棟の屋外も撮らなければいけないのだ。


「リュウ君、凄い汗。ちょっと休憩しよ」

「ああ、助かる」


 熱中症対策スペシャルドリンク(仮)を受け取る。こういうときは甘いものでなくてよかったと心底思う。


「リュウ君、汗凄いよ」


 タオルを取り出して、額からだらだら流れる汗を拭いてくれる。ありがたいのだが、一つ疑問がある。


「ミユはなんで平気そうなんだ?」

「ジョギングをしてて耐性がついたのかも」

「この暑い中、ジョギングしてるのか」

「暑いと、外出なくなっちゃうし。日が出てないと平気だよ」


 こつこつと続けているのが地力の秘訣か。


「よし、次行くぞ、次」

「無理しないで、しんどかったら言ってね」


 熱中症の時以来、ミユは俺のコンディションに細かく気を配ることが増えた気がする。


「ね。この蓋、なんだろ」


 ミユが指差すのは、マンホールとも違う、正方形の謎の蓋だ。ああ、そういえばー


「俊さんが、地下通路に通じてるって言ってたな」

「地下通路!なんだかワクワクするね」

「実際は、電線とかを通すための通路らしいんだが、大学全体に張り巡らされてるってさ」

「なんか、ちょっと行ってみたくなってきちゃう」

「俊さんは結構潜ってるらしいから、案内してくれると思うぞ」

「なんか、RPGのダンジョンみたい。出口にボスが居たりして」


 ミユが想像をたくましくしているが、大学全域に伸びる地下通路というのは冒険心をくすぐるものがある。


「そのうち、俊さんに頼んでみようか」

「うん。一緒に行こ!」


 ミユは凄い乗り気だが、こういうのもデートなんだろうか。


 2階の外まで撮り終えたので、今度は棟内へ。


「あー、天国だ」


 棟内は空調が効いていて、まさに天国と地獄。少しずつ復活してきた俺は、パシャパシャと写真を取り続ける。


「思ったんだけど、俺たちって完全に不審者だよな」

「俊さんが居るし、今更じゃないかな」

「そりゃもっとも」


 地下通路に潜っている俊さんだ。その他にも変なことをやらかしているに違いない。


 そんな感じで、棟内の2階を巡っていると、ふと、後ろから声が。


「君たち、何してるのかな?」


 振り向くと、痩せ型で髪がアフロな人が。しかし、どこかで見たような。


「金城先生!?」


 ミユの声で思いだした。そうだ。時折、この棟で見かける金城英彦きんじょうひでひこ教授だ。まずいな。どう言い訳したものか。


「さっきから、棟内の写真を撮影してるようだけど、目的は何だい?」


 下手な言い訳をするとかえって不審がられるな。


「……というわけで、3Dゲームのモデルを作るために、写真を撮ってるんです」


 言ってて、何やってるんだ俺たちと思えてきた。が、金城先生とはいうと。


「実に面白いじゃないか。筑派大学の3Dゲーム化。学生はこれくらいでないとね。ははは」

「は、はい。どうも……」

「僕はFPSに目がなくてね。うちの大学を舞台にしたFPSか。完成が楽しみだ」


 なんだか、ずいぶんと機嫌が良さそうだ。


「これも何かの縁だ。いつでも遊びに来なさい」


 名刺を渡して、何事もなかったように去る金城先生。名刺には、


『筑派大学 計算機システム科教授 金城英彦』


 と書かれていた。


「金城先生って、変わってるね」

「見た目もな。てか、今日土曜日だよな。なんでいるんだ?」

「特別な用事があるのかも」


 色々謎が残るが、作業の続きだ。


 引き続き棟内の写真を撮っていたのだが、一つ気づいたことがあった。それは、大量の流し台の存在だ。いくつかには、カップラーメンの汁が残っていて、棟内で使われていることが伺える。


Byteうち以外にも、住んでる人たちがいるのか?」


 シャワー室もあるわけだし、住もうと思えば住めなくはない。


「この様子だと居そう」


 大学の底知れなさを垣間見た瞬間だった。その後も、3階、4階と休憩をはさみながら撮影していき、結局、5時間かかってしまった。


 疲労困憊の俺はといえば、俊さんにデジカメを手渡して、家に直帰。今は冷房がガンガン効いた部屋で寝転んでいるのだが……


「なんで、膝枕?」


 ミユの膝枕で、俺が寝転んでいるのだった。


「私もしてみたくなったんだもん」

「俺がいつもおまえを膝枕してるからか?」

「その時のリュウ君ってどんな気持ちなのかなって」


 前髪をかきあげられる。天井を見上げると、目と鼻の先には穏やかな笑顔のミユ。不思議と落ち着く。


「で、どうだ?」

「不思議な気分。近くでリュウ君と触れ合ってたら、キスしたりエッチしたくなるはずなのに……」


 いやいや、ミユ。触れ合ってるだけで、当然のようにそんな欲求は抱かないと思うぞ。


「リュウ君の顔を見てるだけで満足で、ずっとこうしてたくなる。なんでだろ」


 ミユは自分の感情に戸惑っているようだが、むしろそっちが普通じゃないか?


「リュウ君はどう思ってたの?」

「まあ、襲いたくなるときとか、ドキドキしてることもあるけど……」


 そう言って、少し考える。


「けど?」

「猫みたいだなー。とか、可愛いな、とか思って眺めてたな」


 触れ合いたいというより、落ち着くことの方が多かった。


「そうなんだ。じゃあ、今の私もそんな気持ちなのかな……」


 ぽつりとミユがつぶやく。


「まあ、そうなんじゃないか?」


 視線と視線が合っているのに、ちっとも照れくさくない。


「少し、リュウ君の気持ちがわかった気がする」

「どういうことだ?」

「私は「好き」に火がつくと、くっつきたい、キスしたい、って風になっちゃうんだけど」

「見てればわかるけどな」

「リュウ君はそうじゃないから、なんでなのかな、って思ってた」

「で、答えが出たのか?」

「うん。違う「好き」なんだよ。リュウ君と一緒の時間を過ごすだけで満足。そんな「好き」」


 理解できるような、できないような。ただ、思いだしたことがあった。


「恋と愛の違いって奴かもな」

「恋と愛?」

「たとえがあれだけど、悲恋ものでヒロインが死ぬときに「愛してる」って言うよな。あれって、いちゃいちゃしたい、とは違うわけだよな」

「そういえば、私も「愛してる」って言いながら、穏やかな光景を見て、なんでだろうって思ってた」

「俺もよくわかってないけどさ。そういうのが「愛」なのかなって」

「そっか。ちょっと納得したよ。私はリュウ君のこと、愛してるんだ……」


 感情の正体を見つけた、というように、嬉しそうにミユは言った。


 そうして、日が暮れるまで、俺はミユに膝枕されるままになったのだった。

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