第4章 賑やかな日常
第33話 幼馴染と特訓をする件について
FPSの素材集めにさんざん駆けずり回った翌日の朝のこと。朝も日が登りきると暑いので、まだ時間は5:30。
「じゃあ、頼むな、ミユ」
「私も本読んで覚えただけだから、ちょっと自信ないけど……」
「そこら辺は気にしないでいいから」
自宅の下にある敷地で、ウォーミングアップをしながら話す俺たち。
今日はこれからミユとジョギング、というか、俺のトレーニングだ。昨日、体力の差を見せつけられたのと、変に心配をかけないで済むように、ジョギングで身体を鍛えることにしたのだ。
とはいえ、走り方のコツもわからない俺だと、無駄に身体を痛めてしまうので、ミユに一緒に走ってくれるようお願いする運びになった。
「じゃ、これから走るけど、無理しないでね?」
「できるだけ、そうならないようにするけど」
「そうじゃなくて、ペース配分も大事だから、しんどかったらすぐに言って」
「わ、わかった」
ジョギングやその他スポーツに関してはミユの足元にも及ばないわけで、素直に頭を垂れるしかない。
走りはじめて数分。なんか、やけにゆっくりというか、息が上がらないと言うか。
「こんなにゆっくりでいいのか?」
「息が上がったら、ペースが合ってないの。だから、まずは楽なペースを掴むんだよ」
「なるほど」
「目安としては、走りながら、こうやって話せるくらい」
走るというより、早歩きに近いペース。ただ、ミユが言うからにはそうなんだろう。
そうやって走っていると、身体の内側が少しずつ温まって来るのを感じる。木々に囲まれていて、そよ風が気持ちいい。
「大丈夫そう?」
隣を走るミユが尋ねてくる。
「ああ。息は平気だけど、身体が温まってきた感じ」
「その調子、その調子」
ミユの奴はペースを合わせてくれているのがわかる。伊達に、ジョギングを続けてないな。
そのまましばらく走っていると、身体がさらに楽になって、慣れてきたのがわかる。楽過ぎると思っていたけど、実はそうでもなくて、正しいペースだったわけだ。
「走り方だけど、身体の軸がぶれないようにしてね」
「軸?」
「私の走り方を見てて」
少しペースを上げて前を走るミユの姿を眺める。姿勢がまっすぐで、身体が左右や上下にぶれていない。というか、身体の中心がいつも同じところにある感じで、なるほど、これが軸がぶれていないということか。
ミユを真似て、背筋を伸ばして、姿勢の維持を意識してみる。が、なかなか難しい。
「ちょっと、肩に力が入っているよ。もっと、力抜いて」
「あ、たしかに」
言われてみて気づいたが、肩が上がっていて、力んでいる。
「姿勢だけいきなりちゃんとしようとすると、肩に力が入っちゃうんだよ」
「実感したよ」
「だから、肩の力を抜くのを意識してみて」
アドバイス通りに、肩から力が抜けるようにイメージしてみる。
「その調子、その調子」
今のミユはまるで体育の教師だ。そんな様子が、少し可笑しい。
「何笑ってるの?」
「いや、ミユが体育の先生みたいだなって」
「も、もう、何言ってるの」
走りながらだから、表情はわからないけど、照れているように見える。押せ押せのミユにしては珍しい。
そんなことを考えていると、5.4kmのコースのもう半分を過ぎていた。走りはじめて、まだ15分だ。
「あれ?意外と早いな」
前はもっとしんどかったし、ペースもがくんと落ちていたんだが。
「コツをつかめば、身体を無駄に使わなくていいんだよ」
「いや、実感してるよ」
ペースや姿勢を意識するだけで、こうも違うとは。これなら、後半分も楽に行けそうだ。そう思って、走り続けていたら。
「リュウ君、ちょっとペース上がってる」
「あれ、そうか?」
そんなこと、全く意識していなかった。
「身体が慣れてくると、勝手にペースが上がっちゃうの。そこを抑えてみて」
「あえて遅めにってことか?」
「そうそう。ちょっと、物足りないなーってくらいに」
言われるままに、楽々と思えるくらいにペースを落としてみる。
気がつくと、呼吸が穏やかになっていることに気がつく。
「ああ、なるほど。さっきは息が上がってたんだな」
「うん。だから、呼吸にも注意してみて」
「了解っす。師匠!」
ちょっと冗談を言ってみる。
「も、もう。ふざけてないで」
「冗談だよ、冗談」
そんなことを言い合う。色気も何もないけど、不思議と気分が高揚してくる。
言われた通り、呼吸に意識を集中してみると、身体が楽なように思えても、ペースを上げると呼吸が早くなり過ぎるし、ペースをかなり落としても、歩いているときより呼吸をしていることがわかる。
なるほど。ジョギングでは、本当に呼吸が重要なんだな。
「呼吸が重要だっての、よくわかったよ」
「マラソン選手は、呼吸法一つでも、かなり工夫しているらしいよ」
「らしいって、ミユは?」
「私も工夫してるけど、我流だから」
こうやって会話しながらも、ミユは息一つ乱していない。
そんなこんなで、残りはあと100mといったところ。
「ちょっとペース上げてみようか」
「いいのか?」
「ペースを上げてみたときの変化を感じ取るのも大事だからね」
全速力より、ちょっと抑えたくらいにペースを上げて走ってみる。さすがに、息が上がってくるが、残りは90m、70m、50m、30m……とどんどん近づいてくる。
「よし、着いたー」
時間は、30分。前回より10分も短い。
「お疲れ様。落ち着くまで、深呼吸ね」
しばらく、息をゆっくり、すー、はー、と吸って吐き出す。
「あとは、ストレッチだね。これをちゃんとやらないと、筋肉が痛くなるから注意して」
「了解」
ミユの動きを真似して足首や膝を曲げたり伸ばしたりする。
「はい、これで終わり」
ジョギングの最中のこいつは終始一貫して、俺に教えることに集中していて、それでいて、呼吸も乱れていなかった。とても、自分でただがむしゃらにやっていたのだと出来そうにない。
「なあ。こういうのってがむしゃらにやってたら無理だよな。ミユはどうやってたんだ?」
「私も、最初はうまく行かなかったんだ。それで、本を読んで、走って、見直して、の繰り返しかな」
事もなさげに言うが、そう簡単にできることじゃない。
「なんていうか、ミユは直感型だと思ってたんだけどな」
「プログラミングはそれでいけるけど、それ以外は無理だから。効率の良い訓練方法を探しただけだよ」
その言葉には、経験からにじみ出る実感がこもっていて、素直に凄いと思えた。
「尊敬するよ、ミユには」
「きゅ、急に何?」
「いや、本心だって。俺には真似できないくらい」
褒められてあわあわする様子は、普段のミユだと見られない姿で、それがまた可愛らしい。
そして、また一つ、ミユの違った一面を知ったのだった。
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