第34話 幼馴染と深夜のサークル活動をする件について
俺とミユが所属しているByte編集部はとても変わっているサークルだ。いや、正確にはサークルではなくて、計算機学部の広報誌『Byte』を出す編集部なのだが、まあサークルといってもいいだろう。
とはいえ、学部公認だけあって、部室にはクーラーが付いているし、部屋も広めだ。さらに、近くにはシャワー室があって、部室には勝手に持ち込んだ布団で寝ている部員もいる。特に、部長の
活動はといえば、不定期で出す『Byte』の編集会議が週に1度と、記事を書くための取材、Microsoft Wordを使った原稿作成に赤入れ、最後に製本といったところだ。
逆にいえば、それさえしていればなんでも良くて、実際、用もないのに部室に来てはダベっている編集部員やひたすらゲームをしている人さえいる。
ちなみに、今日は土曜日なので、当然大学は休みなのだが、今は部屋に8人くらいの部員が思い思いの時間を過ごしている。
「なんかさ、Byteって変わってるよな」
そんな光景を目にして、思わずつぶやいてしまう。
「いきなりどうしたの、リュウ君」
「いやさ、なんで土曜の25時にこんな人がいるんだろうって思わないか?」
そう。今は、土曜日の25時。日曜日の午前1時の方が正確かもしれないが、Byte編集部では1日を32時間で数えていて、翌日朝までは24時、25時、26時と数えるのが慣例だ。ちなみに、32時を超えると、8時から始まるので、編集部には午前0時〜午前7時までという概念が存在しない。普通の人が聞いたら何を言っているのだろう、と思われそうだ。
ちなみに、何故、32時までかと以前に聞いたことがあるが、俊さんの回答は
「ちょうど2バイトだし、ちょうどキリがいいと思わないか?」
とのこと。
これには少し解説が必要だ。コンピュータに携わる者ならではの感覚なのだが、コンピュータではデータを2進数の1桁である
それはともかく、土曜日の深夜のこんなに人がいて、ゲームをしてたり記事を書いてたり、寝てたりする風景は考えてみるとちょっと変だ。もう入って3ヶ月になるので、さすがに慣れたが。
ちなみに、ミユの机は俺の隣だ。お互いに好きなことをしていることもあるし、雑談や今度のデートの話をしていることもある。そんな話をしていても、興味がない人は特に食いついてもこないというのが、居心地が良くもあり、なんだかんだ言ってこの部が気に入ってしまっている。
「おう、お前ら。スマブロやろうぜ」
後ろから声をかけてきたのは、
「いいですよ。カズさん以外に面子います?」
「高遠と朝倉だけだな。3人いれば十分だろ」
というわけで、俺とミユ、カズさんの3人で、有名な対戦ゲーム「スマッシュブロス」をやることになった。とあるメーカーのゲームに登場するキャラを操って、フィールド上で相手をぶん殴ったり叩き落としたりなどするゲームだ。
ミユが選んだのは、なんでも吸い込むことで有名なまん丸なキャラのカビーだ。カビーの攻撃方法は、他のプレイヤーを吸い込んで、能力をコピーすること。ある意味強力だが、うまく能力をコピーするのは意外と難しかったりする。
「カビーは弱くね?」
カズさんはとにかく言葉に遠慮がない。
「確かに弱いですけど、だからこそ燃えるんですよー」
それに対してミユも力説する。そんなミユには、以前のように、男性に毒舌を吐く姿は見られない。ここの人たちがミユを女として見ないせいで、ミユが安心していられるのもある。
俺が選んだのは、最近は位置情報ゲームでも知られているモンスターを集めるゲームに出てくる人気キャラであるピカリンだ。電撃を放つのが主な攻撃方法だ。
「高遠はピカリンか。順当だな」
「あんまりトリッキーなのは苦手なんで」
ピカリンは比較的初心者にも扱いやすく、割と強いので、俺は好んで使っている。
そして、カズさんが選んだキャラはといえば。
「カズさんは、どんな弱いキャラ選んでも強いですよね……」
「いやいや。俺くらいできるやつならいくらでもいるから」
彼が選んだのは、最弱キャラとして名高いリトルマカー。俺も登場作品について詳しく走らないくらいマイナーだ。一応、地上戦が強いのが売りだが、空中戦がめっぽう弱いので使いづらい。
そして、対戦が始まる。すると、いきなりカズさん操るリトルマカーが高速で俺のピカリンに接近してきて、的確にコンボを叩き込んでくる。そして、あっという間にフィールドから叩き落されになるも、なんとかぎりぎりで回避。
「カズさん、強すぎですよ。なんでそんな的確に当てられるんですか」
「慣れだよ、慣れ」
事もなさげに言う。
そして、命からがらフィールドから落ちるのを回避したと思ったら、今度はミユの操るカビーに吸い込まれる。そして、素早く能力をコピーされてしまう。
「ミユ、狙ってただろ」
「だって、カズさん、真っ先にリュウ君叩きに行くと思ったから」
ドヤ顔でそんなことを言う。とにかく全方位でスキがないカズさんに、戦況を俯瞰するのが得意なミユ。ピカリンはキャラとしては強いが、いかに強くともこのゲームではプレイヤースキルが物を言う。
しかし、やられっぱなしというのもシャクなので、電撃でミユに反撃をお見舞いする。そして、怯んでいる間にコンボを叩き込む。しかし、ミユも素早く復帰して、空中に浮かんで俺の攻撃から逃げる。カビーは弱いが、こういう時の回避は得意だ。
そうこうしている間に、いつの間にかカズさん操るリトルマカーが接近してきて、コンボを叩き込みまくる。そして、あっという間に俺の操るピカリンが昇天。
このゲームでは、相手のHPを0にするか、場外に吹き飛ばして、より多く相手を昇天させた方が勝ちだ。つまり、早くも俺が不利になったということだ。
俺のキャラが復帰する間、他の二人を眺めていると、ミユは上空で距離を取って、うかつに接近しないようにしている。カビーは動きが遅いので、距離を取るのは理にかなっている。
カズさんの操るキャラは地上戦こそ得意だが、空中戦は苦手なので、無理に追わずに距離を縮めるに留まっている。どうもこの二人、先に俺のキャラをボコろうとしているような……
俺のキャラが復帰したら、予想通りカズさんのキャラが近づいて殴ろうとしてくる。さすがに予想できていたので、電撃で反撃をお見舞いする。
「おお。高遠もやるじゃねえか」
「さすがに、俺狙いなのは読めましたから」
とはいえ、その間にミユの操るキャラが接近してきて、再び俺を吸い込む。やばい。このままだと一方的にボコられる。
「なあ、ミユ?」
「なに、リュウ君」
「まず、組んでカズさん倒そうぜ」
「うーん。じゃあ、リュウ君が戦ってる間に私が回り込むから」
ということで、一時的にミユと共闘。俺のキャラがカズさんのキャラを相手している間に、ミユがカズさんのキャラを吸い込んで、二人してボコる。
さすがに、多勢に無勢でカズさんのキャラが昇天する。よし。
「おまえら、チームワーク抜群だな」
「ずっと一緒に居ますから」
鼻高々といった表情のミユ。このゲームは二人でさんざんやりこんだというのもあるが。ミユにそう言ってもらえて、少しうれしい俺がいるのも事実だ。
そして、再び協力してカズさんのキャラを昇天させた後のことだった。
「え?」
HPの減った俺のキャラを、ミユがカズさんから吸収した能力で、ボコリ始めた。そして、逃げる暇もなく俺のキャラは昇天。
「ちょっとミユ、組むはずだっただろ?」
「最後まで組むとは言ってないけど」
「そりゃそうだけど」
こういうところはミユは容赦がない。気がつけば、残り10秒を切っていて、結局、一度も昇天しなかったミユのカビーが勝利。
「朝倉はさすがにしたたかだな。まさか、組んで裏切るとはやられたよ」
「いくらカズさんがうまくても、リュウ君が居ましたからね」
「それ、単に利用しただけだろ」
そういえば、ミユはゲームになると裏切りもプレイヤーキルも平気で行う奴だった。それは恋人になっても変わらないようで、幼馴染としての絆なぞ脆いものだ。
その後も、数ゲームを続けて、最終的に1位ミユ、2位カズさん、3位俺という結果。
「ミユはちょっと汚すぎるぞ」
「ゲームでは勝てば正義だよ」
「まあ、朝倉が正論だな」
愉快そうに笑うカズさん。気がつけば、時間は27時。
「ちょっとお腹が減ってきたな」
「牛丼屋行こ!」
「そうするか」
「じゃ、俺はこの辺で帰るわ」
ということで、解散して、俺とミユは牛丼屋へ。先日行った、すみ屋で、自炊しないときにはよく利用する。
「はー、楽しかった。やっぱり、スマブロは大勢でやりたいよね」
チーズ牛丼を頬張りながら、幸せそうな顔をしていうミユ。
「ミユに何度も裏切られて、人間不信になりそうだよ」
冗談なのだが、ついちょっと言ってみたなった。
「大丈夫。裏切るのはゲームの中だけだから」
にっこりとした笑顔で言うミユだが。
「ゲームで裏切るのは譲れないんだな……」
「そりゃ、やっぱり勝ちたいもん」
「おまえ、負けず嫌いだもんなあ」
ゲームで手段を選ばないのは、言い換えればそれだけ負けず嫌いということでもあり、昔からこいつは対戦型ゲームで相手に勝つためには色々えげつない手段を使ってきたものだった。
「負けず嫌いは嫌?」
答えはわかっている癖に、そんなことを聞いてくる。
「別に嫌じゃないけど。そういうところも、可愛いし」
「もう。リュウ君ったら」
少し照れて、俺の台詞を笑い飛ばすミユ。ちょっと前はもっとガンガン迫ってきたものだが、最近はミユも落ち着いたのか、こんな感じで和やかなやり取りが増えた気がする。
「最近は、ミユも落ち着いたよな」
「以前は落ち着いてなかった?」
「そりゃ、いっつもお前から迫ってきたからな」
俺も悪いところはあったと思うが。
「まあ、私も成長したってことだよ」
「そういう台詞を言えるとこもな」
付き合い初めて、俺達の関係も安定してきたということなのだろうか、とふと思う。
「あ、でも。帰ったらエッチしたいな」
「深夜の牛丼屋でいきなりそんな話するなよ」
「そういう気分になったんだから、いいでしょ。それで、どう?」
「まあ、俺もちょっとそんな気分だったけど」
「じゃあ、決定ね。今日はどういう風にしようかなー」
るんるん気分のミユ。俺にとってのエッチは、やっぱり、普通のいちゃいちゃとちょっと違う特別な行為だけど、こいつにとっては、ちょっとお腹が空いた、というレベルなんだろうな。
一時期の猛攻勢はなりを潜めたけど、やっぱりこいつは肉食系だと改めて実感した夜のひとときだった。
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