第50話 同棲を始めた俺たちの一日

 さて。サクッと同棲が決まってしまった俺たちだが、同棲というのはなんと言っても一緒に住むのだから、色々考えなければいけない事は多い。まずは-


「ベッド、どうするかなあ」


 俺の部屋は1DKで一人暮らし用なので、当然の事ながら、ベッドも一人用だ。


「私は、リュウ君のベッドで大丈夫だよ」

「一日二日ならともかく、毎日一緒に寝るんだぞ。ちょっと狭いと思うんだよ」

「じゃあ、私がお布団持ってきて、下で寝るとか」

「それだと、一緒に寝てる感じがしないだろ」

「別に、そんな細かい事はこだわらないってば」


 何やらミユは苦笑いだ。


「やっぱ、ダブルベッド買おうぜ」


 Amazunのサイトを見ながら、つぶやく。


「でも、結構高いんじゃない?」

「案外そうでもないぞ、ほら」


 ダブルベッドで検索して出てきたページを見せる。高いものはそれこそ目の玉が飛び出るかと思う程だが、安いものなら1万円台からある。


「ダブル用のマットレスとか合わせても、3万円行かないくらいだし」

「でも、仕送りからだと結構ギリギリじゃない?」

「そこは貯金を下ろせばなんとか」


 小さい頃にもらったお年玉や、お小遣いをあまり使わなかったので、これくらいなら切り崩せば買えるくらいは貯まっている。


「うーん。じゃあ、私が半分出すよ」

「いや、そこは俺が」

「私達二人のことでしょ。ちゃんと、はんぶんこしようよ」

「うぐ。まあそうだな」


 男としては、こういうのを折半せっぱんするのは負けた気がするのだが、ミユも引きそうにないし、仕方ない。


「わかった。じゃあ、適当に選んどくぞ」

「うん。そっちは任せるね」


 ベッドには、頓着がないようで、あっさり任された。安めのもので、レビューが悪すぎないものをカートに入れて、ポチっとな。


「よし。お急ぎ便で明日中に来るみたいだぞ」

「ほんと、便利になったよねー。Amazunが無い時どうしてたんだろ」


 などと話し合う。ここ、つくなみ市はなんといっても田舎というか、家具などを買いに行こうと思うと車が必要になる。こういう時にネット通販はとても助かる。


 というわけで、ベッドについてはとりあえずどうにかなった。あとは-


「模様替えしないといけないな」


 幸い、スペースはあるから、机の配置を変えたり、物置に使わないものを収納すればなんとかなりそうだ。


「いいってば。足りなかったら、私の部屋から持ってくればいいんだし」

「それだと、ミユが不便だろ?」

「言い出したのは私なんだから、それくらいなんともないよ」

「でも、それこそ二人の問題だろ?俺はミユに我慢させたくないんだよ」


 ミユに一方的に負担をかけるような事は、俺の矜持きょうじにかけてしたくない。


「別にそれくらい我慢じゃないんだけど……お言葉に甘えるね」

「そうしとけ」


 俺が折れる気がないのを察したのか、諦めてくれたようだ。


「ミユはこっちに持って来たいのを選んどいてくれ。俺は片付け始めるから」

「わかったけど。リュウ君の方が本気になっちゃうなんて……」

「一緒に住むなら、お互い気持ちよく過ごせる方がいいだろ?」

「そういうんじゃないんだけど。でも、ありがと。私のこと考えてくれて」


 背中に手を回されて、ぎゅっと抱きしめられる。こいつの体温と、気持ちが伝わってきて、落ち着かない気持ちになる。


「こ、これくらい当然だろ」

「感謝してるんだから、そんなに照れなくてもいいのに」

「何かしたわけでもないのに、落ち着かないんだよ」


 それからは、お昼ご飯を挟んで、家具を動かしたり、使わない物を物置きに入れたり、ミユの部屋から物を運んで来たりと、大忙しだった。暑い中の作業なので、汗もだらだらと出るし。一通りの作業を終える頃には、夕方になってしまっていた。夕方といっても、夏なのでもう18:00だが。


「あ、夕ご飯どうしよう!買い出しに行かなくちゃ」


 作業を終えて部屋でだらっとしているとミユがふと思い出したように言う。


「この状態だと、食べる場所がないだろ」

「うう。そうだね」


 二人で部屋を見渡す。幸い、寝られる状態にはなっているが、明日到着のダブルベッドのために、家具などの配置がいびつになっていて、とても食卓を囲むという状況じゃない。


「別に外食でいいだろ。今日くらい」

「どこに行く?クラリス?」

「結構疲れたし、無難だな」


 クラリスは、俺達の住むアパートがある通りから、道路を挟んで向かいにある建物の2階にある店だ。グリルチキンセットが美味しいので、外食をする時はここを使うことが多い。


 というわけで、財布とスマホだけを持って、外に出たのだが、夏特有のもわっとした熱気にさらされる。


「あー。やっぱ、暑いな。ほんと、異常気象じゃないか?」

「私は平気だけど」

「おまえは鍛えてるしな」


 そんな他愛もない話をしながら、ぱたぱたとアパートの階段を降りていく。ふと、見上げると夕日が沈んでいくのが見えて、改めて、夏だなあ、などと思う。


「しっかし。もう8月か。4、5、6、7……5ヶ月目か」

「なんだか、あっという間だった気がするよね」


 ミユもなんだか感慨深げにつぶやく。


「ほんと、色々あったもんなあ」


 入学してからの出来事を思い出す。引っ越し、入学式、Byteへ入部したこと。深夜の牛丼屋で、牛丼の重さを測ったり、俊さんに連れられて色々な所に行ったり。


「そういえば、前に聞いたことがあるんだけど」

「ん?」

「歳を取るほど、時間の流れが速く感じるんだって」

「ああ、それ、俺も見たことあるぞ。納得しちゃうよな」

「小学校の頃ね。大学生のお兄さんを見て、「私がこんな風になるのってずっと先なんだろうな」って漠然と思ってたんだ」

「で?」

「気がついたら、もう大学生になっちゃってた」

「わかるわかる。俺もおんなじような感じ」


 小学校の頃は、同じ日常が永遠に続いていくように思ったものだった。


「なんだか、気がついたら結婚してたり、とか、思っちゃった」


 振り向いて、ミユが冗談めかして言うそんな事を言う。


「そうかもな」


 それだけ答えて、夕食に向かう。


◇◆◇◆


 クラリスの美味しい夕食を堪能した俺たちは、戻ってきた後も、作業を続け、一通り終わった頃には、もう22:00を回っていた。


「やっと終わったー」

「お疲れ様」

「ミユは疲れてないのか?」

「さすがに、疲れてるよー」


 笑顔で返すミユだが、あんまり疲れてるようには見えない。


「これから一緒に過ごせるんだなって思ったら楽しみで、疲れを忘れちゃってるのかも」

「……」


 そう無邪気にはしゃがれると、こっちとしても頑張ったかいはあるというか、でも、こっ恥ずかしいというか。


「と、とりあえず、シャワー浴びて来いよ」

「それなんだけど。今日は、一緒に入らない?」

「おま。また、お風呂でなんかしようとか言うつもりか」


 昨日は様子が違ったと思ったが、またいつものミユが戻ってきたかと警戒をあらわにするものの。


「違うってば。今日から同棲するんだから、一緒にお風呂入りたいかなって……」


 消え入りそうな声でつぶやくミユはやっぱり恥ずかしそうで、昨日の影響はまだ残っているらしい。


「それならいいけど」


 というわけで、一緒にお風呂に入ることになった俺達だが。


「なあ、この浴槽に二人ってやっぱ無理あるだろ」

「そうだね……」


 なんせ、1DKの一人用浴室だ。二人で向かい合って座ったら、狭くて狭くて、とてもじゃないけどくつろげない。というわけで、交代で湯船に浸かるという羽目になってしまったのだった。


 さて。お風呂が終わったら、いよいよ就寝の時間というわけで、一緒にベッドに入った俺たち。


「うう。凄くドキドキする」

「奇遇だな。俺もだ」


 同じベッドで寝たのなんて、付き合ってから一度や二度じゃないのに、どうにも落ち着かない。これも、「同棲」を意識しているからだろうか。


 昨日エッチなことをしたからか、そういう欲求は湧いてこないが、どうにもむずがゆい。気分を落ち着けるために、なんとなくミユの髪を撫でてみる。


「あ、そうしてくれると、落ち着くかも」


 撫でている内に、少しずつ肩の力が抜けていくミユ。その様子を見て、俺もだんだん肩の力が抜けていくのに気がついて、


「お互い、緊張してたんだな」

「同棲って意識し過ぎちゃったのかな」


 そんな事を言っている内にも、だんだん目がとろんとしてくるミユ。


「ほっとしたら、なんだか眠気、が……」

「お前も疲れてたんだろ」

「うん。そう、かも」

 

 気がつくと、すーすーと寝息が聞こえてくる。その様子を見ていると、こっちもだんだん眠くなってくる。


「おやすみ、ミユ」


 そうして、俺も眠気に身を任せたのだった。

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