第60話 俺と幼馴染が帰省することになった件(7)
「仲良くなったきっかけ、ねえ……」
昨日、ミユが言っていた、仲良くなったきっかけのことだ。今となっては、別にきっかけ自体はどうでもいいが、ミユが覚えているのに、俺が忘れているのは少し癪だ。
そもそも、小1で仲良くなってたわけだから、きっかけは入学より前に遡ることになる。と、そこまで考えて、あいつとは幼稚園が別だったことを思い出した。となると、幼稚園で何かあったわけじゃないはずだし、ますます謎だ。
ミユは昔から何でも出来たが、とりわけ、今でも得意なのはコンピュータ関連のことだ。まさに、天性の才能を持っているといってもいい。しかし、おぼろげな記憶を辿っていっても、幼い頃のミユがコンピュータが得意だった、という記憶はない。むしろ、俺が教えていたような―そこまで考えて、はっとなった。
(まさかな……)
いくらミユとはいえ、そんな事でカッコいいなんて感性……いや、ありえなくもないか。大学に入ったばっかりの頃の、コンピュータ実習でミユが披露していた神業を思い出す。
直接聞いてみてもいいんだが、外れてたらとても恥ずかしい。さて、どうしたものかな、と考えていると、ラインに通知が届いているのに気がつく。
【ねえ。これから、夜のお散歩に行かない?】
ミユからのお誘いだった。風呂に入った後に汗をかくのは嫌なんだが、ちょうどこの疑問をぶつけてみるのにいい機会だろう。
【了解。で、もう準備は出来てるのか?】
【うん。いつでも大丈夫だよー】
ということなので、スマホと財布だけを持って、玄関を出たところで落ち合う。
「昼も散歩したと思うんだが、行く先の宛てはあるのか?」
「ん-。私たちが通ってた小学校、行ってみない?」
少し弾んだ声で行き先を告げるミユ。
「いいけど、中はたぶん入れないぞ」
「わかってるよ。ちょっと懐かしくなって、見てみたくなっただけ」
「そっか。まあいいぞ」
何を思ってそんな事を言い出したのか知らないが、昔通った小学校を訪れるのもいいだろう。
外に出ると、満点の星空……なんてことはなく、空に三日月が浮かんでいるだけだった。他には、ぽつりぽつりと星が見える程度。なんといっても、東京都内23区で、都会だ。それを望むのは贅沢か。
「こういうところも、つくなみとは違うね」
「こういうところ?」
「つくなみだともっと星が見えたでしょ?」
そんな事をいう彼女は、鼻歌でも歌いだしそうなほど楽しそうだった。一体、何がそんなに楽しいのやら。
「そういえば、そうだな」
つくなみ市は研究学園都市といえども、田舎だ。こっちに比べればずっとたくさんの星が見えた。
「つくなみが恋しくなったか?」
「ううん。こっちはこっちでいいところだと思うし」
「俺も同意見だな」
お互い、星空に想いをはせるような感性は持っていない。
それから、他愛無い話をすること約10分。あっという間に当時通っていた小学校に到着した。
「なんかさ、昔はもっと遠かった気がするんだよな」
ミユと一緒に通った道だが、果たしてこんなに短かっただろうか。
「だよね。体感的には倍くらい?」
「なんでだろうな。歩幅とかかな」
「それだけじゃないと思うんだけど……」
そういうミユだが、彼女にも理由はわからないようだった。
「あ、理由、わかった!」
急に大きな声を出すのでびっくりしてしまう。
「急に大声だすなよ。びびるだろ」
「ご、ごめん」
「で、理由ってなんだ?」
俺も少し興味がある。
「あの頃って、ここが両国一丁目、とかそんな知識がなかったよね」
「言われてみれば、そうだな。学校へ行くまでの道だけがなんとなくあった感じ」
通学路を通れば学校に行けることはわかっていたが、少し道を外れたらとたんに迷子になってしまうかもしれない、という気持ちがあった。
「でしょ?でも、今の私たちはゴールが最初から見えてる」
「ゴール?学校の住所ってことか?」
「そうそう。地図が入っているといえばいいのかな。ほら、私たちも初めて行った場所だと、やけに遠く感じるでしょ?」
「ああ、なるほど。納得したよ」
確かに、観光とかで初めて行った場所は、大体、地元と比べても同じ距離なのに長く感じていた。
「で、それはいいんだが、結局、何を見たかったんだ?」
「別に、何も。私も、さっきアルバム眺めててね。通ってた小学校ってどんなだったかなって確認したくなったんだ」
また唐突な、とは思うが、その気持ちは少しわかる気がした。
「なんか、ちっちゃいよな。あの時は、もっと大きく見えたのにさ」
「よくこんな狭い校庭でボール遊びとかしてたよね」
二人で笑いあう。今にしてみれば、ほんとちゃちな狭い空き地にしかみえないが、当時の俺たちにしてみれば、休み時間やお昼休みに遊ぶ場所だった。
「で、満足したか?」
「うん。ちゃんと、私たちは、ここに通っていたんだなって確認できたよ」
「なら良かった」
俺も、暗い中に浮かび上がる校舎を見て、その事を再認識した気がした。
「そういえば、昨日の話の答え合わせがしたいんだが」
「私がリュウ君と仲良くなったきっかけのこと?」
「そうそう。外れてたら恥ずかしいんだが」
「別に外れてても笑わないよ」
ほんの余興というつもりで、本気で思い出してほしいというわけでもなかったのだろう。楽しそうに、そんな事を言う。
「昔の事思い返してたんだけど、おまえ、コンピュータ得意じゃなかっただろ」
「おお?意外といい線行ってるね」
茶化すミユだが、当てられた事が嬉しいようにも思えた。
「で、おぼろげな記憶だけど、おまえにコンピュータの操作教えた気がするんだよ」
「それで、それで?」
先を期待するように促すミユ。ということは、大筋では当たっているんだろう。
「あとは、なんか、暗い部屋で、二人でディスプレイに向かってて……」
「うんうん」
「ああもう。それ以上は、思い出せない」
まったく情けない話だ。そう自嘲していると、
「
「は?」
唐突なミユの言葉に、思考が追い付かない。
「FreeBSDってあのOSの?」
「そうそう。そのFreeBSD」
今や、世界的に知られることになった、
「で、それとこれとがつながらないんだが」
「リュウ君が教えてくれたんだよ?FreeBSD」
「……ああ!」
その言葉で、ようやくあの暗い部屋とディスプレイの光景がつながる。
◇◆◇◆
俺の父さんは技術職で、とりわけ、サーバ(インターネット上のサービスを受け付けるコンピュータのこと)のメンテナンスを担当している。それで、お古だかなんだか知らないが、ある日、大きなコンピュータとディスプレイを持って帰ってきたのだった。
好きなように触っていいぞ、という父さんの言葉を聞いて、電源を入れた後に出てくる真っ黒な画面に色々な事を打ち込んだものだった。たとえば、
ryuji:~ # echo Hello
Hello
という具合に。俺に英語なんてものはわからなかったけど、何かを打ち込んだら反応を返してくれるこの「サーバ」が面白くて、色々な事を打ち込んだものだった。
そんなある日やって来たのが、当時、俺と同じく幼稚園の年長組だったミユ。おじさんとおばさんが家を空けなければいけないとかなんだかで、うちに少しの間預けられることになったのだった。
「みゆうちゃん。ぼくのたからものを、みせてあげるよ」
「たからもの?」
いまいちピンと来ていなかったミユを連れて、「サーバ」が置かれていた薄暗い部屋に案内したのだった。
「これはね。ふりーびーえすでぃーって言うんだよ」
当時の俺は、コンピュータとOSの区別もついていなかったので、そんなことを得意げに言ったのだった。
「ふりーびーえすでぃー?」
「うん。これがあると、色々なことができるんだ」
そして、おない年の子の前でいい恰好をしたかった俺は、得意げに、
ryuji:~ # ./aisatu
> あなたのなまえはなんですか?
初めて作った、「プログラム」を披露したのだった。
「aisatuってなに?それに、なんでコンピュータがしゃべってるの?」
「いいから、そこに、みゆうちゃんのなまえをいれてみて」
「どうやって?」
「ええとね。そこの……」
手取り足取り、ミユに、文字のタイプの打ち方を教える俺。四苦八苦して、ミユが名前を入力すると、
ryuji@ryogoku:~ # ./aisatu
> あなたのなまえはなんですか?
あさくらみゆ
> あさくらみゆ さんですね。こんにちは。ぼくは、たかとおりゅうじです
真っ黒な画面に、ただ文字でそう表示されたのだった。
「わ。すごい!どうやってるの?」
「これはね。「プログラム」っていうんだ」
「プログラム?」
「うん。プログラムがかければ、なんでもできるんだよ」
「わたしも、プログラム、できるようになるかな?」
「ぼくもできたから、きっとできるよ」
というわけで、俺は、目を輝かせるミユに、色々な事を教えたのだった。それが、確か、小学校に入る前のこと。
◇◆◇◆
「いやさ、これ、黒歴史だろ」
「なんで?」
「だって、
「それに?」
「あの、「プログラム」って単なるシェルスクリプトだったんだぞ」
シェルスクリプト、というのは、作業を並べたものをコンピュータに指示するためのものだ。プログラマの間では、簡単な作業を自動化するために、普通に使われているが、単純なものは「プログラム」とすら呼べるか怪しい。当時の俺が作ったのも、
#!/bin/sh
echo "> あなたのなまえはなんですか?"
read N
echo "${N} さんですね。ぼくは、たかとおりゅうじです"
なんて、たった4行のシェルスクリプトだった。
「それでも、当時の私には感激だったんだよー」
なるほど。ミユが俺と仲良くなりたがったきっかけはわかったが。
「しかし、なんていうしょうもないきっかけだ」
「しょうもなくないよ!幼稚園であんなの書ける子って居なかったし、凄くカッコよかったんだよ!」
「それはそうかもしれないが」
ただ、それは、たまたま見様見真似でなんとなく、あれくらいのものは書けるようになったというだけだ。今は、普通のそこそこプログラムが書けるだけの大学生だ。
「しかし、今やプログラムの腕はミユの方が全然上だろ」
「でも、リュウ君が教えてくれなかったら、今の私はなかったよ?」
「それは、そうだな」
「ひょっとして、照れてる?」
「少しは」
「ちょっと可愛い」
そんな事を言われて、少し顔がかあっとなる。
「しかし、人生、何がきっかけになるかわからないな」
「だよね。ほんと、リュウ君と出会って良かった♪」
そう言って、腕をぎゅっと、絡めて来るミユ。その温かい感触を感じながら、俺たちは夜の学校を後にしたのだった。
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