第61話 俺と幼馴染が帰省することになった件(8)
さて、のんびりとした帰省生活もあと1日となった午後の事。
帰省してから、ミユとは散歩したり、ゲームしたり、昔の思い出を語り合ったりと楽しい日々を過ごすことができた。父さんや母さんには色々とからかわれたけど、まあこれもよし。
ただ、帰る前に一つだけ気がかりなことがあった。先日、
ぴーんぽーん、ぴーんぽーん。
そんな事を考えていた時に、インターフォンの音がした。慌てて玄関に出ると、そこには、美園ちゃんが居た。
「あ、美園ちゃん。ど、どうしたの?」
美園ちゃんの服装は、いつものボーイッシュなものと違って、可愛らしい水色のワンピースだった。髪の短さは相変わらずだったけど、ちゃんと整えた後が見受けられる。
「
先日の気まずげな様子とは違い、はっきりとした決意が見て取れた。何を言うつもりかはしらないけど、それなら。
「ああ。入りなよ」
「お邪魔します」
いつもの元気の良い声じゃなくて、落ち着いた声で部屋に入ってくる。幸い、今は母さんも外出しているので、誰かに聞かれるつもりもない。
「はい、お茶」
「うん。ありがとう、竜二兄」
やっぱり落ち着いた声でお礼を言う美園ちゃん。
「それで、話って何?悩みなら相談にのるよ?」
そう言いつつも、この話は先日の事に関係しているのではないかと直感していた。
「竜二兄って、美優姉と付き合ってるんだよな?」
改めて確認の言葉。美園ちゃんはどんな気持ちでこの言葉を発しているのだろう。
「ああ。俺とミユは付き合ってる」
それに対して、俺は正直に答えることしかできない。
「そのさ。私、竜二兄にずっと伝えられなかったことがあったんだ」
「……そうか」
この先に待っているのが何かわかるだけに、少し心が痛い。
「今の私の恰好を見て、どう思う?」
少し、不安そうに自分の姿を見る美園ちゃん。
「すごく可愛いよ。ほんとに」
あくまでも、年の離れた子として、というものだったけど。
「それは、女の子として?」
強い瞳で見据えられる。これは、きちんとした答えを返さないといけないな。
「もちろん女の子として。でも、ミユとは比べられないな」
「やっぱりそうだよね……」
返事は予想していたのだろう。しょぼくれてはいたが、落ち着いた様子だ。
「あのね。私は竜二兄が好き!大学に行くずっと前から!」
彼女の精いっぱいの告白。奇をてらわずまっすぐなところも美園ちゃんらしい。
「そうか、ありがとうな。嬉しいよ。それで、理由を聞いてもいいか?」
「うん……」
彼女が語ってくれた理由は俺にしてみれば、些細なことだった。俺と美園ちゃんが会った時、ちょうど美園ちゃんは小6で中学受験を控えていた。ただ、美園ちゃんは中学受験を望んでいなかったらしく、泣きながら家出をしたものの、行くところがなく、一階上のマンションの階段で座りながら泣いていたのだった。
そこに通りがかったのが、当時高1だった俺とミユ。受験勉強は大変だよなと慰めつつ、お母さんが心配してるからと帰るのを促したのだった。それから、お母さんと衝突するたびに、俺とミユの(どちらかというと俺の方が多かった)家に遊びに来るようになり、年上で仲良くしてくれる俺のことをいつしか好きになっていたそうだ。
「美園ちゃんが好きになってくれて、俺もうれしい。だから、ちゃんと返事するな」
「はい」
「俺はミユの事が好きで、付き合ってる。生涯、ずっと一緒に居ようと思う」
「……」
「だから、美園ちゃんの気持ちは受け入れられない。ごめん」
「やっぱり、そうだよね」
泣き出してしまうかと思ったが、美園ちゃんの反応は落ち着いたものだった。
「ありがとう、竜二兄。ごめんね、気持ちの整理をつけるだけのために……」
「いいよ。美園ちゃんがそれで納得できるなら」
きっと、告白もできずに終わった恋なんていうのはつらいに違いない。俺はそんなことを経験したことはないが、もしも、ミユへ告白しようとしたときに、既に相手が居たとしたら、そんな事を思うとしばらくは立ち直れなさそうだ。
「まだ、時間はかかりそうだけど……なんとかなりそう」
「落ち着いたらまた遊ぼうな」
「いいの?」
「美園ちゃんは妹みたいなもんだしな。振ったからって縁を切りたくはないな」
「ありがとう。今度帰ってきたら、また遊ぼうね!」
「ああ、約束だ」
最初、どうなることかと思ったが、時が癒やしてくれると思いたい。
「でも、美優姉、羨ましいな。ずっと居たいって想ってもらえるなんて」
「いや、それは言葉の綾でな」
「変な竜二兄。別に照れなくてもいいのに」
真っ直ぐな美園ちゃんは、別にからかっているわけではなく、真剣にそう思っているようだった。
その後、ミユの家に遊びに行ったのだが。
「さっき、美園ちゃんが遊びに来てたよ」
「ええ?何か、言ってたか?」
「その。美園ちゃんが、リュウ君に告白したこと」
少し気まずそうな様子のミユ。
「美園ちゃん、まっすぐだからなあ」
恋人がいるのに知らぬ間に告白するのに耐えられなかったのだろう。
「ちゃんと答えてくれて嬉しかったって」
「そっか。それならいいんだが」
明日にはまた、つくなみに戻るのだ。次に美園ちゃんに会えるのは年末か、また来年の夏だろう。悔いは残したくなかったので、ほっとした。
「あとね。リュウ君が、私の事、生涯一緒にいたいって言ってたって」
「美園ちゃん、そんな事まで言ってたのか……!」
ああ、もう、と。頭が痛くなってくる。
「ね、リュウ君。これって、プロポーズって事?」
返事を期待するような目で見つめてくる。
「いや、美園ちゃんに言ったのはノーカンだろ」
「じゃあ、そのつもりはないの?」
責めるような視線で見つめられる。
「いや、あるけど、ちゃんとした場でプロポーズさせてくれ」
「わかった。待ってる」
そういうミユの表情は、期待に満ちていた。
いずれプロポーズはするつもりではいたが。
これだといずれじゃなくて、この夏中にでもすることになりそうだ。
そう、内心冷や汗をかいたのだった。
(シチュエーションとか言葉とか、プレゼントとか考えとかないと)
まさか、大学1年生にしてこんなことを考える日が来るとは、な。
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