第20話 幼馴染と付き合い始めたことを報告した件について

 5月20日の月曜日。今日の講義は午後からなので、なんとなくByte編集部室を訪れてみた……のだが。そこには、床でいびきをたててごろんとなっている人物が。


「俊さん、そこ退いてもらえないと席座れないんですが」


 寝ていた張本人を揺さぶって起こす。


「ああ、すまんな。おはよう」


 その張本人である部長の俊さんはというと、のっそりと起き上がって伸びをしている。


「おはようございます。なんで、ベッドもあるのにここの床で?」

「ああ。研究室で論文書いてたら、眠すぎてな。部室のベッドにたどり着く前に力尽きた」


 そんなとんでもないことを言い出す俊さん。まあ、この人の行動には読めないところがあるが。


「お前たちは休憩か?」

「そんなところです」


 いつもの席に座る俺達。


「ね、ね。今週末、デート行こ?」

「当てはあるのか?デートスポットってあんまり知らないけど」

「リュウ君と一緒ならどこでも楽しいよ。都内に出てもいいし」

「今度は、遊園地でも行くか」


 定番のデート先だが、なんとなく言ってみる。


「それいいかも。ちょっと東京の遊園地探そ?」


 そんな和気藹々とした会話を繰り広げていると、ふと、横から視線が。


「付き合っていないって話だったが、やっぱり付き合っていたんだな」

「あ、そうじゃなくてですね。ちょっと昨日今日の話というか……」


 詳細を語るのははばかられるので、言葉を濁していると、急に俊さんが


「そうか。それはめでたい。じゃあ、飯でも行くか。奢るぞ?」

「え、ええと?そこまでしてもらうわけには」

「遠慮するな。タダ飯が食えると思えば安いものだろ」


 というわけで、少し強引に俊さんを含めた三人で昼飯に行く羽目に。


 車内にて。運転する俊さんはやけに機嫌が良さそうだ。


「何か、いいことでもあったんですか?」

「めでたいことがあった部員に飯を奢るのが楽しみでな」


 笑いながら答える俊さん。初めて会ったときの言動もそうだったが、色々読めない人だ。俊さんの返答に、俺とミユは目を見合わせた。


 というわけで、たどりついた高級な回転寿司店にて。ネタも1皿最低300円からと、なかなか値段も張るようだ。

  


「あの。ほんとにいいんですか?いくらかは出しますよ」

「わ、私も」


 腹を満たすまで食べたら合計数千円くらいになってもおかしくないので、少し恐縮してしまう。


「遠慮するな。学振も通ったし、金の使いみちもないしな」


 学振という耳慣れないキーワードがひっかかった。


「学振ってなんですか?」

「要は、大学院生を期間限定で雇う代わりに給料がもらえるって仕組みさ」

「俊さんは博士後期課程1年でしたよね。学振ってのは申請すればなれるんですか?」

「それが面倒でな。研究の実力が問われるわけじゃないが、倍率はやたら高い」

「凄いんですね」

「いやいや、ほんと、俺は運が良くて通っただけだよ」


 少し自嘲気味に言う俊さん。


「とにかく、まあ余裕はあるから、遠慮なく頼め」

「そういうことなら」


 俺はマグロの握り、ミユはウニ、俊さんはホタテと思い思いの品を注文する。


「それで、なんで急におごってくれるという話に?」

「私も、それは知りたいです」


 俺たちの俊さんへのイメージは、ありていに言えば変人というものだった。初めて俺達を誘ったときもそうだったし、らんらんに行ったときもそうだ。牛丼の重さを測るという奇抜な企画を思いついたのも彼だ。そして、付き合ったかどうか聞いたときのあっさりとした返事といい、他の人に良くも悪くも興味を持たない人だと思っていた。


「なんて行ったらいいのかね……」


 少し考え込む様子の俊さん。


「俺は学部4年、修士2年と来て、もう7年目だ。無駄に長く居すぎただけとも言えるが」


 続けて


「で、俺自身、何かめでたいことがある度に昔の部長に飯をおごってもらったからな。恩返しといったところだ」


 この人には珍しく、少し照れたように言ったのが印象的だった。


「前の部長さんもだったんですね」

「ほんと、凄い人だよ。女性ながらに、研究者としても一流でな」


 懐かしむように語る俊さん。


「その人は今は?」

「アメリカのスタンフォード大で教鞭を取っているはずだ。ほんとかなわんよ」


 スタンフォード大といえば、アメリカでの超一流大学だ。そこで教えているというのだから、よっぽど凄い人なんだろう。


「その……失礼だったら申し訳ないんですけど。俊先輩、その人が好きだったんですか?」


 ミユからの質問。


「実はな。先輩が博士課程を出る前に告白したんだが、結果は見ての通りさ」


 ただの変な人に見えた俊さんにそんな過去があったとは。


「俺は自覚してるが、変人だしな。男性としての魅力がなかったのだろうよ」

「そんなことはないと思います。せめて、服装をちゃんとして、髪をセットすれば、先輩だって」


 ミユよ。何気に失礼なことを言ってるぞ。


「ま、俺のことはいいんだ。要は可愛い部員にめでたいことがあったら、お祝いしてやりたいってだけだ」

「その。ありがとうございます」

「俊先輩……」


 この、ちょっと変な人が俺達のことを祝ってくれるのが少し嬉しい。


「で、詮索する趣味はないが。どういうきっかけだったんだ?」

「ええとですね。俺とミユは小学校の頃からの付き合いで……」


 そうして、お寿司を食べながら、俺とミユの想い出話について俊さんに語って聞かせたのだった。


「じゃ、俺は研究室に戻るから。仲良くな」


 昼飯を終えて、俺達と俊さんは解散。


「なんか、俊さんのイメージが変わったよ。情に厚い人だったんだな」

「私も、俊先輩のイメージがちょっと変わったかも。いい人が出来るといいな」


 先代部長に振られたエピソードを聞いて思うところがあったのだろうか。ミユはそんなことを言ったのだった。


「そうだな。でも、その前にデート先考えないと」

「遊園地っていっぱいあって、目移りしちゃうよね」


 そうして、再びデート先の相談に戻ったのだった。

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