第120話 こたつデート

■12月8日(土)


 冬というのは寒い。

 特に、つくなみ市は東京と比べても寒い。

 ゆえに、必然的に家に籠もることが増える。


 何がいいたいかというと-こたつは最高だということだ。

 

「はあ。おこたは天国だよね」


 向かいのミユが、ぼんやりとした声でつぶやく。


「ああ。早めに買っといて正解だったかもな。ふわぁ」


 自然とあくびが出てくる。


「ふわぁ」


 つられたのか、ミユも可愛いあくびをする。


「なんか、あくびって伝染るって言うよな」

「うん。リュウ君見てたら、私も急に……」


 声の調子もお互いどこかゆっくりだ。

 テレビに映っているのは、数年前流行ったアニメ。

 今日は家でのんびり動画鑑賞デートなのだ。


 しかし、日常系アニメなせいだろうか。

 どんどん眠気がひどくなっていく。


「リュウ君……別のにする?」


 ミユもうつらうつらといった感じだ。


「見たい、の、ある、なら……」


 言ってて、どんどん眠気がひどくなっていく。


「別に、無い、けど……」


 ミユはミユでとても眠そうだ。


「まあ、この、ままあ、寝て……」


 意識を保っているのがいよいよ困難になって来た。

 ミユもこくりこくりといった様子。


(まあ、いいか)


 何も考えることが出来なくなって、気がついたら意識を手放していた。


◇◇◇◇


「あ、もう夕方か……」


 気がついたら数時間眠っていたらしい。

 日も沈みそうだ。

 しかし、身体が気だるい。


「お茶、飲も……」


 こたつで寝たせいで、水分が奪われている気がする。


 冷蔵庫で冷やしてある麦茶をゴクゴクと飲む。


(こたつは寝た後が微妙だよなあ)


 つい、うたた寝してしまう魔力がこたつにはある。

 しかし、起きた後の気だるさは欠点と言えよう。


 リビングに戻ってみると、すー、すー、と寝息が聞こえてくる。

 ミユはまだ寝たままらしい。


(なんか、普段とは違う可愛さがあるよな)


 ミユは顔をだらんとこたつに置いて、安らかな表情。

 以前より少し伸びた髪がこたつに垂れている。


 今のミユには、安らかに眠る子猫のような可愛らしさがある。

 なんとなく、髪を撫でてみる。


「ううん……リュウ君……」


 うわ言のように俺の名前を呼んでいる。


「なんだか、結婚式、夢、みたいだね……」


 どうやら、俺と結婚式を挙げる夢でも見ているらしい。


(やっぱり、式、挙げたいのか)


 夢は潜在意識の願望を投影するという。

 もちろん、関係ないことも多々あるけど。

 ミユが多少なりとも結婚式の事を考えたのは確かだろう。


(ま、無い袖は触れないんだけどな)


 ただ、ウェディングドレスを着るだけなら、なんとかなるか?

 レンタルでドレスを貸してくれる店を探すとか。


「ドレス、汚れちゃうよ……」


(こいつはまたなんて夢を)


 時折、ミユはやけに卑猥な寝言を漏らすことがある。

 一時の肉食系なノリはなりを潜めたかと思いきや、夢の中で、その分欲望を発散しているのではとすら思いたくなる。


「……子作り、する?」

「ぶっ」


 さすがに噴き出しそうになる。

 俺の婚約者は随分気が早いらしい。


(まあ、現実的な話ではあるんだよなあ)


 何年後になるかはわからない。

 しかし、結婚した延長線上に、子どもを持つという選択肢があるのも事実。

 とはいえ、父親になる覚悟も準備もない俺にはやっぱりまだまだ先の話。


 去年の今頃は、恋人になってすら居なかったのに、ずいぶん関係は変わった。 

 最初は恋人に。それから、あちこちデートに行って。

 さらに、同棲を始めて、婚約者に。


「ふわ……リュウ君?」


 寝ぼけ眼で俺を見つめてくる二つのクリクリとした瞳。


「おはよう、ミユ」


 そんな彼女が愛しい気持ちになって、穏やかな声で言う。


「ど、どうしたの、急に?そんな優しい声で」


 向かいのミユは胸を押さえてドキドキといった様子。


「いや、こういうのが愛してるっていうんだなと」


 不思議と照れはなかった。

 ただ、胸の中を満たす暖かい気持ちに従って、言葉を紡ぐ。


「ちょ、ちょっと。意地悪、しないでよ?」


 ミユは顔を真っ赤にしている。


「別に思ったままを言っているだけだぞ」


 ま、今日だけかもしれないけど。


「も、もう。そんな事言われたら、私だって……!」


 ぐいとコタツを脇に押しのけたとかと思うと、抱きついて来た。

 暖かな体温と胸の感触が伝わる。

 こたつで温められたのだろうか。


「私も、愛してる。リュウ君……」


 潤んだ瞳でまっすぐ見つめられる。


「んっ……」


 勢いでキスを交わす。

 ミユの手は顔から肩、そして背中から腹部へと降りていく。


「このままここで、いい?」

「ああ。俺も、そんな気分」


 ……


◇◇◇◇


「ちょっと、勢いでし過ぎたな……」


 気がつけば、あちこちに物が散乱している。

 

「リュウ君があんなドキっとする事言うのが悪いよ!」

「お前だって、抱きついて来たんだから、同じだろ」

「そ、それはそうだけど……」

「でも、リビングでってのも、案外いいよな」


 そうなんとなく言って見たら、睨まれた。


「はぁ。でも、お掃除が大変だよ……」


 言われて辺りを見れば、あちこちに跡がある。

 これを掃除するのはちょっと骨が折れそうだ。


「いや、そうだな。勢いで悪かった」

「別に私もしたかったから、いいんだけど。でも……」

「なんだよ?」

「リュウ君、時々、すっごいドキっとする台詞言うよね」

「さっきの、愛してる、とかか?」

「そう!あれでスイッチ入っちゃったんだから……!」

「恨み言みたいに言われてもなあ」

「はあ。あのリュウ君がこんな女殺しになるなんて……」

「女殺しって。俺はお前に一途だぞ?」

「だから、そういう所だって」

「それ言ったら、お前だって男殺しだって」


 そうして、日が落ちるまで不毛な言い合いを続けたのだった。


 しかし、そろそろ、結婚に備えて色々準備しないとなあ。

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