第119話 モグリの学生と地力
「このように、
教員が前でPowerPointを使ったスライドで、説明をしている。
今は、
俺とミユは隣同士で、その前に
高校までと違って、大学の講義というのは誰が出入りしているかチェックは厳しくない。
というわけで、筑派大学生でないのに、陽向は講義を聴講しに来ている。
モグリの学生というやつだ。それはいいんだけど。
「なあ、陽向は講義の内容わかるのか?」
この講義は、「データ構造とアルゴリズム入門」だ。
計算機科学における基礎科目の一つなので、必修になっている。
しかし、陽向は大学を退学して、来年受験する予定だ。
「言っとらんかったか。こう見えて、陽向は基礎はわかっとるんよ」
とは木橋の弁。
「こう見えてもってなんや。こう見えてもって!」
相変わらず痴話喧嘩が耐えないなあ。
「ちょっと、二人とも。声大きいから。ね?」
そして、気づいたミユがなだめにかかる。
「はぁ。陽向はほんと騒がしいのもうちょいなんとかせえよ」
「……それくらいわかっとるわ。アホ」
陽向も自覚はあるらしい。
「で、陽向だいたい、どのくらいわかってる感じなんだ?」
基礎がわかっているとは言ってもどのくらいなのか。
「んー。データ構造やったら、スタック、キュー、リンクリスト、二分木、N分木、ハッシュテーブル。アルゴリズムやったら、バブルソート、クイックソート、マージソートくらいはおさえとるよ」
平然とそんな答えを返してくるが、
「おまえ、この講義聴かなくていいだろ。二分探索木とかとっくに通り越してるし」
「んー。でも、ウチは独学やからなあ。きちんと講義で聴くとまた違うもんよ?」
「そういうもんか?自分でそういうの実装出来るんだろ?」
「実装出来るといえば出来るんやけどね。なんで、動くのかとかよーわかっとらんのよ」
「あー、つまり、感覚でやってる感じ?」
「そうそう。そういう感じや」
俺はといえば、ライブラリに用意されているデータ構造は使えるものの、この講義で教えられているようなデータ構造を一から組むのは無理だ。
「なんか、この中で俺だけがレベル低い気がしてきた……」
ミユは言うまでもないし、木橋は自分でプログラミング言語を作るくらいの能力。
そして、陽向もこの講義くらいの内容は独学でわかっているとのこと。
ちょっと凹む。
「卑下することないよ、リュウ君。感覚に頼らない分、基礎がしっかりしてると思うし」
「しかしなあ、それって単に教科書通りにやってるだけって気がするんだよなあ」
「そういう風に地道に出来るのもリュウ君の良いところだって」
慰めてくれるミユ。
「まあ、凹んでも仕方ないか。地道にやるしか」
「そうそう。その意気!」
ふと、気づくと木橋と陽向が生暖かい視線を送ってくる。
「なんていうか、亭主を支える女房って感じやな」
かかかと笑う木橋。
「健一もうまいこというね。ほんと、所帯じみとるっちゅうか」
言いつつ、羨ましそうな表情の陽向。
「そ、そんな大したことじゃないってば」
顔を赤くしてパタパタと手をふるミユ。
その様子が可愛らしい。
「まだ夫婦にもなってないんだから、勘弁してくれ」
そういうからかいは色々むず痒い。
「ちゅーても、お二人さん、1月には入籍予定やろ?」
「
二人して、からかわれる。
彼らには既に来年入籍予定のことを伝えてある。
「入籍にしてからにしてくれ。で、講義だ、講義」
強引に話を打ち切って、講義を聴く作業に戻る。
「配列から、二分探索木を構成する疑似コードはこのようになります……」
このあたりはまだ難しいわけではなく、比較的スムーズに頭に入ってくる。
「リュウ君、このあたりは大丈夫そう?」
さっきの凹み具合を心配してくれたのか、そんなことを聞かれる。
「二分探索木くらいはさすがに。言われれば自分でも書けそうなくらいだし」
自分で二分探索木を作ったことはない。
でも、原理を説明されれば非常にわかりやすい。
あとでPythonでサクっと書いてみようかとも思える。
「やっぱり、リュウ君は基礎がしっかりしてるんだよ」
「ま、それでもミユには全然かなわないけどな」
続けてるバイトの作業でも、ミユがメインで俺が補助みたいなことが多い。
地力の差を感じるばかりだ。
「リュウ君はコード書く時に試行錯誤し過ぎなんだよ。書く前に頭の中でまとめておかないと」
「いやいや。普通、試行錯誤するだろ。ミユが特殊なんだって。野口先生なんかも、頭の中で考えたコードをタイプするだけだとか言ってたけど」
これだから才能のあるやつは、と言いたくなる。
「んー、そういうものなのかな?ほんとに、自然と書いてる感じなんだけど」
「なんか、達人が言う、「考えるな、感じろ」に近いものを感じるぞ」
自然となどと言われても、凡人である俺には無理な芸当だ。
「俺からみても
「うんうん。美優って、書いたコードが一発で動くこと多いんよね」
「だろ?やっぱ、なんか頭の中身が違うんだって」
同意が得られてほっとする。
こいつらまで「え?一発でコード書けるでしょ?」と言うならどうしようかと。
「うーん。別に、天才なんかじゃないと思うんだけど……」
そして、不服そうなミユ。
「まあ、天才でも天才じゃなくても、ミユが凄いのは確かだって」
GitHubで★5000レベルのプロジェクトが複数あるのは、やっぱり凄い。
「ほんとーに、気がついたらって感じなんだけど。でも、ありがと」
少し顔を赤らめてそうお礼を言われる。
「そうそう。褒め言葉は素直に受け取っておけって」
こうして、冬のある日の講義は過ぎて行ったのだった。
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