第118話 冬の始まりと結婚
「はい。お待たせ♪」
12月1日、土曜日の夜の我が家にて。
ミユが出来たてほやほやの鍋をテーブルに持ってくる。
「おお。美味そうだなあ」
鍋の中身を見て、俺は感嘆の声を上げる。
今日の夕食は、
具材は、鱈の切り身、白菜、白ネギ、エリンギ、人参といったところだ。
「鍋物は、簡単に出来るのがいいよね」
笑顔で言うミユ。
「そうなのか?」
「鍋に、適当に切った具を入れるだけだから、料理の中でも一番簡単だよ」
「そういうものか……」
普段、料理をしないから、イマイチ実感が沸かない。
まあいいか、と、いただきますをして、取り皿に具を取って口に運ぶ。
「美味い!やっぱ、寒い季節は鍋物だよな」
ポン酢ベースのタレにつけた鱈がとても美味しい。
それに、白菜やエリンギも。
「作る方にしてみると、どうしても手抜きって感じがしちゃうんだけどね」
ミユは、謙遜なのか、本心なのか。手をパタパタとしながら、そんな事を言う。
「いやいや。十分過ぎる程、ちゃんとした料理だって。ご飯にもよく合うし」
特に、鱈と白いご飯の相性はいい。食が進むこと、進むこと。
「それなら、いいんだけどね」
それだけ言って、何やら俺の方をじっとミユが見つめてくる。
「どうしたんだ?急に見つめて」
何か服に変なものでもついているだろうか。
「ううん。もう、すっかり私達、夫婦っぽいなって思っただけ」
少し恥ずかしそうにしながら、もっと恥ずかしい台詞を言ってくれる。
「結婚はまだだろ。あくまで婚約者」
そう言われるとどうにも照れくさいので、婚約者を強調する。
「でも、そろそろ結婚してもいいと思わない?」
ぶっ。口の中のものを噴き出しそうになる。
ひょっとして、これはあれか。
「ひょっとして、結婚の催促だったりする?」
そうとしか考えられない。
「うーん、どうだろうね。リュウ君がOKなら、私はいつでもいいんだけど~♪」
愉快そうな顔をして、意地悪なことをいいやがる。
でも、まあ。真剣に考えるとして。
「その。年明けくらいに、するか?結婚。年末年始に帰省した後くらい」
急いで結婚する理由もないけど、思いとどまる理由もないというのが今の本音。
両親に許可をもらうことを考えて、年明けがちょうどいいかと提案してみる。
「え?本気?」
思わぬ返事が来たとばかりに、目をパチクリさせているミユ。
「おいおい。本気じゃなかったのか……」
真剣に答えたのが少し恥ずかしくなる。
「ううーん。1/4くらいは、その、本気だったんだけど。即答されたからビックリしちゃって……」
言いながら、頬や耳まで赤く染まっていく。
「元々、学生の内に結婚したいって言ってただろ。それに、もう12月だし、同棲してからそこそこ経つから、俺は、ありだと、思うぞ」
今更撤回するのも、妙な気がして、とぎれとぎれにそんな返事を返してしまう。
「じゃあ、する?結婚」
「ミユの方から言ってきたんだろ」
「その。最終確認!」
「じゃあ、するか?結婚」
「その、ほんとに?」
「いや、ミユの方から言ってきたんだろ」
話が微妙にループしてるようなしてないような。
「とにかく!じゃあ、籍を入れるのが、年明けくらいでいいか?」
俺たちは婚約者。結婚を約束した間柄だ。
なのに、なんで、今更、こんなやり取りをしているのか。
「うん。それじゃあ、そんな感じで、お願いします」
ミユに、何故かペコリと頭を下げられてしまう。
こうして、夜の食卓のノリで、籍を入れる時期まで決まってしまった。
「しかし、結婚、かあ。確か、婚姻届を役所に出せばいいんだよな」
イマイチ実感が沸かない。
「私達の場合、お父さんやお母さんに一筆書いてもらう必要があるみたいだけど」
スマホに目を向けながら、答えるミユ。
そういえば、スマホで検索すれば手っ取り早いか。
「うげ。結構、色々、準備あるんだな。戸籍謄本とか、証人2人とか。誰でもいいとはいうけど、証人とか、誰になってもらえばいいんだ?」
「私達の場合だと、お父さんたちが早いと思うけど……都ちゃんと俊先輩だと、都ちゃんが19歳だから、駄目なんだよね」
「だよな。同じ理由で、木橋たちも駄目だし。他だと……うーん。カズさんはなんか違うんだよなあ」
「わかるわかる。カズさんに、恋愛関係の事言うの、なんか躊躇するよね」
ウンウンと頷くミユ。
俊さんとよくつるむカズさんは、はっきり言って、恋愛には関心がない人だ。
こないだのバグ慰霊祭でも、はっきり、面倒くさいと言ってた人だし。
「まあ、せっかくだし、片方は、俊さんに書いてもらって、もう片方は俺たちどっちかの親でどうだ?」
せっかく、つくなみ在住の内に結婚するのだ。
つくなみに縁がある人に証人になってもらった方がいい気がする。
「都ちゃんが、20歳以上だったら、ピッタリだったんだけどね」
ため息をつくミユ。
「しかし、俺たちも、大概、交友関係偏ってるよな。今気づいたけど」
ミユ自身は例のトラウマが後を引いたせいで。
俺自身も、そんな彼女にばかり関心を向けていたせいもあって。
同期で深い付き合いをしている友人が、さほど思い浮かばない。
Byteの人達は、他人に関心がない人が多いから、俊さんとカズさん以外だと、それほど深い付き合いという感じではない。
「半分くらいは、私のせいだよね。ごめん、リュウ君」
「いやいや。今更謝られても困るって。ミユもだいぶ克服出来てきたわけだし、2学期で、木橋たちとも仲良くなれたじゃないか」
「うん、そうだよね。気にしすぎかも。グサっと来ちゃったから……」
ミユなりに、今年前半にかけての出来事は、色々思うところがあるらしい。
「そういう話はおいといて。式とかはどうする?籍入れる話しかしてないけど」
「さすがに、式はお金的にも厳しいと思うよ。仲のいい人たちだけ呼んでパーティーはしてみたいけど」
「まあ、後で考えるか」
ということで、結婚についての話はあっさり終わったのだった。
「なんか、日常の延長線上って感じで、まとまっちゃったな」
学生結婚という話はあったにしても、あっさりだ。
「私も、全然感情が追いついてないよ。役所に婚姻届だしたら、変わるのかな」
お互い、まだまだ実感がわかないみたいだ。
そんな、いつも通りじゃないのに、いつも通りの一日だった。
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