第86話 俺たちは引越し先を内見してみた

 候補物件を探してから数日後。今日は、候補物件2件を内見させてもらうことになっている。両方とも、甘久保不動産あまくぼふどうさんという不動産会社が取り扱っているらしい。


「それにしても、ご婚約ですか。羨ましいですね」


 甘久保4丁目にある候補物件に向かいながら、業者さんが世間話を振ってくる。候補物件が近いので、徒歩だ。


「ええ。まだ学生なので、早すぎるかとも思ったんですが……」


 どういう反応を返していいのか少し困る。


「いえいえ、そんな事ないと思いますよ。つくなみだと時々いらっしゃいますし」


 業者さんは平然と流してくる。


「そうなんですか?ちょっと意外ですが」

「付近は学生さんが多いですからねえ。結婚もちょくちょくありますよ」

「そうなんですね……」


 まだ、筑派大学の全貌をわかっているわけではないが、やっぱり娯楽の少ない土地柄が関係しているのだろうか。


 そして、歩くこと10分。目的の物件にたどりついた俺たち。計算機学部棟からは多少離れているものの、十分大学からは近い。


「おお。広い!」


 玄関から入ると、まずは広々として明るいリビング。そして、左奥にキッチン。リビングが別にあるとこんなにも違うものか。


「これだけ広いと、テレビ置いてネットで映画とか見たいな」

「わかるわかる。Amazun Primeの映画とか流したいな」


 今でも一緒に映画などを見ることがあるが、いかんせん24インチのモニターだと少し小さいと思っていたのだ。いやがおうにもテンションが上がる。


「この物件は、静かですし、24時間ゴミ出しOKですし。オススメですよ」


 盛り上がっているのを見たせいか、業者さんが営業トークをかけてくる。


「24時間ゴミ出しOKってのはいいな」

「うん。ゴミの日に合わせなくていいのは助かるよね」


 続いて、個室を見て回る。


「今の部屋より広いんじゃないか?」

「寝室も広く使えそう……」


 個室は左右両方とも、8畳程度はあり、片方を寝室、もう片方を作業部屋として、ゆとりを持てそうだ。そして、両方ともエアコンが付いている。


 続いて浴室へ。


「あ。脱衣所あるんだね」

「廊下に脱いだ服置くの、めんどくさかったんだよな」


 浴室の前に仕切られた脱衣所があって、洗濯機置場もある。さらに、浴室の扉を開けてみる。


「うわあ……!」


 感嘆の声をあげるミユ。それもそのはず。だいたい、今の倍以上はあろうかという広さの浴室があり、浴槽も広い。2人で向かいあっても、ゆったりできそうだ。


「これだったら、ゆっくり一緒に入れそうだね」


 そんなに嬉しそうに言われると少し照れてしまう。


「あ、ああ。そうだな」


 ちょっと上ずった声になってしまった。


「仲が良さそうで、羨ましい限りですな」


 様子を眺めていた業者さんにそんなことを言われてしまう。


「……」

「……」


 目を見合わせて、ちょっと気まずい空気が流れる。


(内見の間は、自重しようか)

(うん。そうしよう?)


 と、こそこそと話し合ったのだった。


「それで、どうでしたか?」


 業者さんから感想を求められる。


「大学にも近いですし、他の条件も申し分ないです。これに決めたいところです」

「一応、もう1件の方も見ようよ。減るものじゃないし」

「ま、そうだな」


 というわけで、もう1件の佐倉さくらにあるマンションも見たのだが、他の部分は似ているものの、個室が若干狭いのと、24時間ゴミ出しができないのが少しマイナスといった感じだった。


 結局、最初に内見したところに決めて、申込書に必要な情報を記入したのだった。審査含めて、2週間程度で明け渡しが済むとのこと。


「しかし、2週間って予想以上に早いな。急いで準備しないと」

「仕方ないよ。でも、待ってもらうってできないんだね」


 2週間程度で明け渡しが済むとのことだったので、待ってもらえないか聞いたのだが、大家さん的にはできるだけ早く入居してもらいたいということだった。


「しかし、あれだけ広いと、ガラリと生活変わりそうだよな」

「うん。今の生活もいいけど、色々インテリアも置けそうだし」

「ゲームもTVで一緒にできそうだよな」

「あ、でも、TV買わないといけないよ」

「そうだった。バイト代は新生活に回した方が良さそうだよな」


 などと、少し先に控えている、少し新しい生活に胸を躍らせる俺たちだった。

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