第85話 俺たちは引越し先について考えてみた

 引っ越すと決めたからには、まずは引越し先を決めなければいけない。条件は、2DKまたは2LDK、家賃は6万円程度といったところだろうか。


 父さんと母さんは、多少家賃が上がっても出してあげると言ってくれてるものの、自分たちの勝手なのだから、5万8千円からの差額は自分たちのバイト代から捻出したい。


 というわけで、物件を探す俺たち。


「あのさ。気づいたんだが」

「実は私も」

「5万円未満だと遠くならないか?」


 そう。昨日、2DKなら5万円未満でいけるとなったわけだけど、よくよく物件の住所をみていると、つくなみ駅からバスで40分といった僻地が多いのだ。もちろん、そこから大学に通えなくもないけど、あまり遠くなると大学に長居できないし、車がないと不便で仕方ない。


「じゃあさ、6万円前後までに広げてみない?」

「足が出ないようにってことか。オッケー」


 再び検索をかけてみる。最近は、賃貸検索サイト「@Home」で一発で調べられるのでとても便利だ。駅近であるとか、2階だとか、バス・トイレ別だとかの条件も指定できる。1階は安全面で不安があるので、2階以上、バス・トイレ別などの条件も指定する。


「あ、これなんていいんじゃないか?家賃6万2千円で2LDK。大学も近い」


 2LDKの物件もやはり探すと、安いものは大学から遠くなってしまう事が多い。


「振り分け式で、独立洗面台あり。甘久保あまくぼ4丁目。かなりいいかも」


 振り分け式というのは、2K以上の部屋の構造の事を指す。玄関から入って片方の部屋ともう片方の部屋がきちんと分かれているので、同居するのにも適している。現状、同じ部屋で寝泊まりしているのだから、こだわる必要もないのだけど、片方の部屋を寝室にするにしても、使いやすい事は間違いない。


 振り分け式じゃない場合、片方の部屋がもう片方の部屋の奥にあったり、部屋と部屋がきちんと区切られていないものもあった。入学前に内見してみたことがあったけど、あれだと作業部屋を分けるにしても使いづらい。


「だろ。じゃあ、とりあえずこれをポチっと」


 @Homeでは、気になった物件を登録しておく機能があって、検討している複数の物件がある時に便利だ。甘久保4丁目だと近所なので、ここに決まれば引っ越しも楽に済みそうだ。


「他には何かあるかな、っと……」


 さっきのような良物件は既に取られているかもしれないし、内見したら合わなかったということもあるかもしれないので、もう1つ2つくらい候補が欲しい。


「これ、良くない?佐倉さくらで、5万5千円。2LDK」


 ミユがノートPCの画面を見せてくる。佐倉は、甘久保よりも大学からちょっと遠いけど、その分家賃が安い。学校の同期やByteの人たちも佐倉に住んでいる人が多いらしい。


「確かにいいな。さっきと同じで振り分け式だし。あと、スーパーも近いな」


 佐倉はスーパーも近くにある地域なので、俺たちが普段の買い物をするのにも便利だろう。


「それもなんだけど……この、お風呂の写真見て?」


 最近の検索サイトには、間取り図じゃだけじゃなくて、内装が何点か撮影されていることも多い。


「結構大きいな。今の倍以上あるんじゃないか?」


 2人で入ることを想定した感じのお風呂だ。さっきの物件は、お風呂場が載っていなかったので、その辺りはよくわからない。


「でしょ?これだったら、お風呂でゆっくり……できそうだし」


 恥ずかしそうにミユが言う。しかし、それだけにしては、少し様子が変だ。


「ひょっとして、一緒にお風呂入る様子とか想像してるのか?」

「少し」

「ま、まあ、広いに越したことはないよな」


 一緒にお風呂、というシチュエーションはあまり体験したことがないし、今のお風呂だと無理だから、色々想像してしまいそうになる。


 咳払いをして、


「じゃ、これも候補に入れとくか」


 ポチっと候補に追加する。大学から少し遠くなるのがデメリットだけど、スーパーやドラッグストアが近くなるというメリットもあるし、悩ましい。


「他には……意外とないもんだな」


 場所はすぐ近くで家賃も6万円くらいだけど、2DKとか。もちろん、2DKで不満なわけじゃないけど、あまり変わらないのなら、リビングもあった方がいいに違いない。


 他には、2LDKだけど間取りが振り分け式じゃないとか、独立洗面台がないとか、片方の部屋が狭すぎるとか、築年数が経ちすぎているとか。意外に理想の物件というのは無いものなんだな。2LDKの片方が和室なんてのもあるけど、パソコンを置くと痛みそうだから、避けたい。


「とりあえず、さっきの内見してみようよ」

「だな。合わなかったら、他の考えればいいし」


 別に急ぎの引っ越しじゃないのだ。気楽に考えればいい。


「にしても、新しい部屋とかワクワクしてくるよな」

「うんうん。リビングはなかったし、何置こうかなーって考えちゃう」

「いっそのこと、VR機器置いてみないか?Oculus Riftとか」

「それもいいね。あれ、スペース取るから置けないもん」


 Oculus Riftオキュラスリフトというのは、VRバーチャルリアリティ対応のゲームやチャットなどのために必要な機器の1つだ。ヘッドマウントディスプレイや、動きを感知するセンサーから人間の動きを読み取ってくれる。そして、その装置を部屋の何点かにつけなければいけないのがネックだ。


 今の暮らしが窮屈なわけじゃないけど、新しい部屋になったら何をどう配置しようかとか色々考えてしまう。


「そういえば、2部屋の使い方だけど。片方は寝室でいいんだよね?」

「そりゃ、もちろん」


 それ以外があるのだろうか。


「ルームシェアだと、それぞれを個室にする場合もあるみたいだし」

「そういえば、そうか。でも、俺は一緒がいいな」


 こういうセリフをさらっと言えるようになった自分に驚くが、夜は同じ部屋で一緒に寝たい。


「良かった。別々の部屋で寝ようって言われたら、寂しかったもん」


 杞憂で良かったとほっとしている様子。今の、一緒に寝る生活を望んでくれていたのだと知って、嬉しくなる。


「今更そんな事言うわけないだろ。ったく」


 ミユの手に手を重ねる。


「うん、そうだね。ありがとう」

「どうしたしまして」


 2人で顔を見合わせて、微笑み合う。


 そして、不動産業者に電話をかけて、数日後に候補物件を内見できることに決まったのだった。今から早くもワクワクしている自分に気がつく。

 

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