第87話 俺たちは引っ越しの前祝いをした

 引越し先が決まったその夜。


「「かんぱーい!」」


 グラスをぶつけ合うとチンという音が鳴る。


「あー。キンキンに冷えたコーラ美味い!」

「ジンジャエールも美味しいよー」


 ちゃぶ台を挟んで、向かい合う俺たち。引越し先が決まったので、前祝いということに相成ったのだった。


「んー。ほんとに、引っ越しが楽しみだよー」


 全身で喜びを表現しているミユ。


「だいぶ部屋広くなるもんな。気持ちはわかる」

「キッチンも広くなるもん。出来る料理も増えるよ―」

「そんなもんなのか?」

「今のキッチンだと天ぷらとかなかなか難しいんだよ」


 なるほど。自炊をしないからわからないけど、そういうところでも違うのか。


「それに、一緒にお風呂も入れるし」


 また、その話題か。色々照れるんだが。


「その。そんなに楽しみなのか?いや、俺も嫌じゃないが」


 少しむずがゆい。


「うん。好きな人と一緒にお風呂って憧れだったし」

「ホテル行ったときとか、無かったか?」

「それはエッチな事前提でしょ?それとは違うの!」

「そ、そうか」

「こう、好きな人に後ろから抱きしめられながら、ゆっくり湯船に浸かるの……」


 何やらミユはトリップしているようだ。当人を相手にそんな妄想をしないで欲しい。恥ずかしいから。


「そんな状態だったら、俺もエッチな気分になるかもだが。いいのか?」

「それは。毎回だったら嫌だけど、別にいいよ、うん」


 少し動揺した様子だが、肯定されてしまった。しかし、後ろからぎゅっとか―


「?」


 急に立ち上がった俺に、はてなマークなミユ。後ろに座って、背中からぎゅっと抱きしめてみる。


「ちょ、ちょっと。いきなり何するの?」

「いや、後ろから抱きしめて見たら、どんな反応するかなーって」


 予想通り可愛い反応をしてくれたが。


「うー。リュウ君がどんどん積極的になってきてるよ……」


 耳を赤く染めつつも、抵抗してこないのがまたいじらしい。


「言っただろ。俺も成長するって」


 言いながら、お腹をふにふにと撫でてみる。


「太ったっていいたいの?」


 何やら変な解釈をされてしまった様子。


「いや、逆だ逆。全然余分な肉がついてないなって」


 つまめるお肉がほとんど無い。


「お肉は見えないところにあるの!」

「見えなきゃ関係ないだろ」

「私的には関係あるの。もう」


 女心は難しい。と思っていると、腕に、ちゅ、と冷たい感触が。


「ちょ、ちょっとお前な」

「私にだって反撃させてよ」

「いや、そうなんだが、くすぐったい」

「じゃあ、もっとしてみるね」


 ミユの舌が、俺の腕を舐め回す。普段しないことだから、少し妙な気分になってしまう。


「な。お前、こういうの、どこで勉強、したんだ?」

「それは、ネットとか、女性誌とか」

「おま、そんな色々読んでるのな」

「マンネリにならないように、色々勉強してるんだから」


 そう言いながら、今度は足を足に絡めて来たりする。と思えば、今度は俺のシャツに顔を近づけて、すんすん、と匂いを嗅いでくる。


「なんだよ。臭うか?」

「ううん。いい匂いだよ」


 そういうプレイなのかと思ったが、ミユは嬉しそうな表情だ。


「その。どの辺がいい匂いなんだ?」

「わからないけど。とにかく、好きな匂いなの」


 と、再びすんすん、と鼻を鳴らして匂いを嗅いでくる。それならー


「確かに、おまえのもいい匂いだな」


 首の後ろからミユの匂いをかぐ。少し汗臭いのも含めて、いい匂いだと思えるのは不思議だ。


「ちょ、ちょっと。汗臭いから、恥ずかしいよ」


 身体をじたばたさせて抵抗してくる。


「それ言ったら、俺のだって汗臭いぞ」


 まあ、こうやってじたばたしてるのを見るのも楽しいのだが。


「じゃあ、私はこうするんだから」


 今度は、首筋に冷たい感触が。首元をぺろぺろと舐められている。くすぐったいのもあるが、なんだかゾクッとする感覚もあっって、何かに目覚めてしまいそうだ。


「ちょ、ちょっと勘弁。つうか、休憩」


 その声に、ようやくぺろぺろするのを止めてくれた。


「むー。もっといちゃいちゃしたかったのに」

「いちゃいちゃっていうか、今のはプレイだろ」

「エッチな事じゃないでしょ?」

「いや、それはそうだけどさ、たとえば、こういうのとか」


 言いつつ、ミユの顔をぺたぺたと触る。


「じゃあ、私も」


 向き合って、俺の頬に同じように、ぺたぺたと触れてくる。


 そんな風に、寝るまで、お互いの肌に触れたり、たわいない話をして過ごしたのだった。不思議とエッチなことをする雰囲気にならなかったが、何故だろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る