第27話 入院と寂しさ
「ほんとうにすまなかった!」
そう言って、深く頭を下げたのは俊さん。入院が決まった深夜に、部のチャットに
『ちょっと熱中症で入院することになりました(笑)』
と軽く書いたのだけど、それを見た俊さんが、翌朝にあわてて駆けつけてきたというわけだ。
隣には、ミユもいる。彼女には着替えやノートPC、スマホ充電器など、入院生活に必要なものを取ってきてもらっていた。
「俊さんの責任じゃないですから。謝ってもらうことじゃないですよ」
「そうですよ。リュウ君が不注意だったから」
俺たちは俊さんの責任ではないことを言うのだけど、俊さんは心底申し訳なさそうな顔をしたままだ。
「俺が誘ったんだし、ペース配分にもっと気を付けるべきだった。本当にすまない」
「だからもういいですよ」
「しかしな。熱中症は、対処が遅れれば死ぬことだってある」
「俺のは軽い方でしたし、心配し過ぎですよ」
ちょっと遅れたら死んでいたというと心配をかけそうなので、軽く流そうとする。
「わかった。入院生活で必要なものがあったら何でも言ってくれ」
「もうミユに届けてもらいましから。お見舞いに来てくれただけで十分ですよ」
「そうか」
彼も、これ以上謝罪しても意味がないとは思っているのだろう。しかし、俊さんがここまで責任を感じるとは思っていなかった。
「せめてものお詫びとして受け取ってくれ」
「いや、お詫びって……」
押し付けられた手提げ袋を開けると、高級そうなフルーツゼリーの詰め合わせが入っていた。どこで買ってきたのだろうか?
「お見舞いってことならありがたく受け取っておきます」
「そうしてくれ。これ以上邪魔をしても何だから、俺はそろそろ帰る。身体を大事にしてくれよ」
「はい。俊さんもほんとに気にし過ぎないでください」
そうして俊さんが去って行った。病室にはミユと俺が残される。
「俊さん、責任感が強い人だったんだな」
思い返せば、俊さんはこまめに俺達のコンディションに気を配っていたように思える。
「私も、ちょっと意外だったよ」
「だよな」
あそこまで平謝りされると思わなかった。
「でも、俊先輩、いい人だよね。これなら、都ちゃんにも安心して紹介できるかな」
その言葉に、海でのミユの行動を思い出した。そういえば、あれは一体どういう意図だったのか。
「そういえば、昨日はどうしてあんなこと言い出したんだ?」
「あんなこと?」
「俊さんに彼女を紹介するようなことをしただろ」
「別に急にってわけじゃないんだけどね。都ちゃんは前からいい人がいたらって言ってたし」
「にしても、おまえがそんなお節介焼くなんていつぶりだ?」
誠司との一件がある前くらいのことだろうか。
「……私も、よくわからないんだ」
「どういうことだ?」
「そのまま。俊先輩にはお世話になってるし、なんだか寂しそうだったし」
「それは俺も感じたけどさ」
「でしょ?それで、本当に、なんとなく、なんだ」
以前のミユなら、そんなことはしなかっただろうと思うが、彼女なりに思うところがあるのだろうか。
「しかし、都と俊さんか。どうだろうな」
都は京都の旧家で育てられたせいか、服装も含め男性に対して手厳しいところがある。俊さんはいい人だが、果たしてどうなることやら。
「大丈夫だって。俊先輩、都ちゃんのタイプだよ。服さえちゃんとすれば」
「タイプかはおいといて、服については同意だ」
いくら中身が良くても、俊さんが普段の服装で会ったら都もドン引きだろう。
「そういえば。俊先輩が持ってきたゼリー、食べよ?」
そう言って、ゼリーを取り出す。白桃、蜜柑、林檎、などなどのフルーツゼリーが並んでいく。
「リュウ君は何食べる?」
「俺は白桃で」
「桃、好きだよね」
「嫌いな人はあんまりいないと思うが。ミユは?」
「私は、びわにしようっと」
「びわって普段食べる機会ないよな」
ミユと一緒にスーパーでフルーツを買うことはあるが、びわなんてめったに買う機会がない。
「そうそう。こういう機会でもないと。はい」
ゼリーをすくって、俺の口の前に差し出してくる。
「どした?」
「あーん♪」
「つい昨日もやったばかりだろ」
嫌なわけじゃないが、こういうのはどうも気恥ずかしい。
「減るものじゃないでしょ?ほら」
「わかった、わかった」
最近のミユはその気になったら全然引かない。諦めて、恥ずかしさに耐えることにしたのだった。
「美味しい?」
「美味しい。ていうか、ほんと美味いな」
中のフルーツに安っぽさがなく、本当にいいものを使っているのだとわかる。
「……たしかに、これ、美味しいね」
「だろ?俊さん、どんな高級なもの買ってきたんだろう」
それだけ本気だったということだろうけど、ちょっと大げさな気はする。
ゼリーを食べ終わってしばらくして。
「そろそろ帰るね。あまり長く居ても悪いし」
ミユが席を立とうとする。
「俺は別に……いや、長く居ると病院の人に迷惑になるか」
「そういうこと。また明日来るから」
「もう大丈夫だから」
「ただ、私が来たいだけだよ。じゃあね」
そう言って、彼女は去っていった。
(「私が来たいだけ」か)
その言葉に、改めて、俺とミユの関係が変わったことを実感する。
ーー
「暇だ……」
病院では朝昼夕の三食食事があって、それ以外にも点滴の取り換えや検査のために看護師さんが来る。とはいえ、もう重症なわけでもなく、基本的には放置されていた。なので、とにかく暇で暇で仕方がない。
「どうしようか」
幸い、ミユがノートPCやタブレットを持ってきてくれたので、これで暇をつぶすか。電子書籍を読んでもいいし、ノートPCでプログラムを書いてもいい。だが。
「やる気が起きない」
不思議と何もする気がおきず、時間を持て余していた。家だったら、タブレットで電子書籍を読んだりして暇をつぶしたりはよくあるのに。
ふと、思いついて、ミユにメッセージを送ってみる。
『なんか、やる気が起きない』
『やっぱり、どこか悪かったの?』
『いや、悪い。そうじゃなくて、なんかやる気がでない』
『タブレットで本を読むとか?』
『不思議と、そんな気分にならないんだよな』
病室にぽつんと独りで取り残されたからだろうか。なんだか、心に隙間ができたような気分だ。
『ひょっとして、リュウ君、寂しかったりする?』
冗談めかしたメッセージをみた俺は、しかし、唐突に納得してしまった。普段なら、会いたくなったらいつでも会いにいけばいい。しかし、今は病院の面会時間もあるし、ミユはミユで大学の講義もある。早い話が、会いたくても、ここ一週間くらいは、決まった時間しか会えないのだ。
そんなことを考えて、自分の思考に愕然とする。
(たかだか、一週間。それも、会える時間が限られてるくらいで……)
俺は、病気で心でも弱っているのか?
ミユは、俺からの返事がないのを訝しんだのか、
『あれ。ほんとに寂しい?』
とのメッセージ。
『いや、大丈夫だ』
今のミユのことだ。素直に言ったら喜びそうな気がするが、この程度で寂しいとか、恥ずかしすぎるので、強がりを通すことにした。
メッセージのやり取りを打ち切って、病室のベッドに寝転がる。
一度、寂しさを自覚したせいか、思い浮かぶのはミユのことばかり。ちょっと前の情事とか、膝枕をしてあげてるときのこととか、キスをしたときのこととか。
(あーもう、やめよう)
強引に布団をかぶって、目をつぶる。まだ真っ昼間だが、身体が弱っているせいなのか、少しずつ眠たくなってくる。
(これが、1週間とか、ちょっときついかもな)
長期入院した患者が暇だとか寂しいという話を以前本で読んだ気がするが、その気持ちが少し理解できた気がしたのだった。
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