第26話 幼馴染と海に行く件について(後編)

 さて、一路大洗海岸から帰ることになった俺たち。帰りも半ばに差し掛かったころ。


「ちょっと暑い……」

「うん。さっきよりはマシだと思うけど」

「暑さの峠は越えたな。どうかしたか?」


 かみ合わないやり取りに違和感を覚える。ともあれ、身体は大丈夫だ。


「なんでもないです。行きましょう」


 こんなことで心配をかけるのも良くない。それだけ言って、再び出発を促す。


 帰り道もやっぱり、真っ暗なあの道を通ったり、上り下りの激しい坂を進んだりして。日が暮れようという時間に、ようやく、大学にたどり着いたのだった。


「やっと着いた。ちょっと疲れた……」

「私もヘトヘト」

「無理もない。今日は帰ってよく休め」


 そうして、俺たちは解散した。疲れた身体で自転車を漕ぐこと数分で自宅に到着


 家に入って真っ先にしたことは、クーラーをつけること。この暑さだとほんとに死ぬ。


 そうして、床にだらしなく転がった。


「ほんとに疲れた。でも、楽しかった……」


 そうつぶやいて、今日の出来事を思い出す。初めての自転車で長距離は疲れたが、景色は楽しかったし、ミユも喜んでくれたし、充実感がある。ふと、違和感を感じる。

 

(クーラー、効いてない?)


 クーラーの温度設定をみると、20℃。普通なら寒すぎるくらいだ。


 そういえば、あれだけ暑いと思っていたのに、汗が全然出ていない。


(水分が不足しているのかもな……)


 帰り道、あまり水分補給をしていなかったことを思い出した。冷蔵庫から、スポーツドリンクを取り出して、ごくごく飲む。


(あれ?)


 スポーツドリンクを飲んでしばらくしても、汗が出てこない。 何かがおかしいのだけど、何がおかしいのかわからない。

 

 ふと、ミユや俊さんの言葉を思い出す。


 「熱中症」


 楽観していたけど、もしかして。あわててパソコンを起動して、検索する。


"熱中症 汗 止まる"


 あるページには、「熱中症」の典型的な症状に


 ・悪寒

 ・発汗の停止

 ・体温の上昇


 などが含まれていた。


(体温はどうだろう)


 ふらふらとした足取りで、体温計を取って、なんとか体温を測る。出た数値は


"39.9℃"


 というものだった。


(これはほんとにまずい)


 慌てて119で救急車を呼ぶ。幸い、意識ははっきりしていたので、受け答えで苦労することはなかった。そうして、かけつけた救急隊員さんたちによって、病院に搬送されたのだった。




 そして、運ばれた病院にて。


「熱中症ですね」


 病院のベッドに横たわりっている僕の前で、医師は断言した。手には点滴の針が刺されている。額には氷枕。

 

「やっぱり、そうですか」

「ええ。あと一歩遅れていたら死んでいたかもしれません」

「死、ですか?」

「ええ。熱中症が進むと様々な症状が現れるんですが、重症一歩手前といったところです」


 自分が生死の分かれ目にいたことを知って、ぞっとした。


「大丈夫なんでしょうか?」

「意識もはっきりしていますし、体温も下がり始めていますから、大丈夫でしょう」

「そうですか


 ほっとした。ひとまず死ぬ心配はしないで良さそうだ。


「ただ、入院は必要ですね」

「入院ですか?」

「血液検査で多少異常があります。値が元に戻るまでは様子を見ましょう」

「わかりました。何日くらいでしょうか?」

「何日とははっきり言えませんが、1週間程度は様子を見てましょう」

「1週間……ですか?」

「ああ、もちろん、早めによくなれば、その都度対応しますから」


 予想以上に長い期間だ。もちろん、死ぬのに比べれば安いものだが、ちょっと憂鬱だ。


 医師に入院案内の説明を受けた後、個室の病室へ案内された。個室の方が料金が高いらしく、父さんに相談したのだが。


「そのくらい出してあげるから。ゆっくり休みなさい」


 心配そうに言われたのだった。


 深夜、病室でのベッドに横たわりながら、ぼーっとしていると、廊下から足音が聞こえてくる。

 

「リュウ君、大丈夫!?」

「あ、ミユか」


 緊急連絡先として、彼女の電話番号を教えたのだった。すっかり忘れていた。


「ミユか、じゃないよ」

「急にごめんな」

「そんなことはいいから!それより、体調は大丈夫?死なない?」


 ミユは凄く必死だ。そんな彼女に「もうちょっと遅れてたら死んでたかも」とは言えない。


「ただの熱中症だって。1週間くらい入院が必要って言われたけど」


 できるだけ明るくそう言ったのだが。


「ほんっとうに心配したんだからね!救急車で運ばれたって聞いてびっくりしたんだから」


 そう涙声で言われてしまった。


「心配かけてごめんな」


 涙声のミユを安心させるように抱きしめる。


「そんなの当たり前だよ。何か必要なものはある?」

「必要なもの?」

「入院するんだったら必要でしょ?スマホの充電器とか、着替えとか、色々」

「忘れてた」


 生きるか死ぬかの時だから、そこまで考えていなかった。


「抜けている……とは言えないよね。鍵、使っていい?」

「俺のせいで手間をかけさせたしな」

「そんなことは気にしないでいいから」

「でも、ちゃんと帽子かぶってくれば良かったよ」

「ほんとにね。自分の身体のことに無頓着なんだから」


 そう言われると返すこ言葉もない。


「でも」


 そう言って、彼女に抱きしめられた。


「ほんとに良かった」


 そうして、長い自転車旅行は、入院という形で幕を閉じたのだった。



※次話からは、数話、入院生活のお話になります

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