第116話 バグ慰霊祭(後編)
「皆様。本日は、第30回バグ
まず、最初の一言をゆっくりと口に出す。マイクを手にこんな少しかしこまったスピーチをしているのが、少し不思議に思える。ちなみに、第30回というのはマジだ。
「今回のバグ慰霊祭の実行委員長を務めさせていただく
緊張しながら、そう最初の挨拶を言い終えると、皆がパチパチパチと拍手をしてくれる。なんとか、噛まずに済んだ。
「これから、256のバグを鎮める儀式が執り行われますが、その前に、皆様、既にお腹が空いているでしょうから、先に乾杯をしたいと思います」
言葉を区切って、参加者の皆が紙コップに注がれたお酒やソフトドリンク、それに缶ビールやチューハイを持ったのを確認する。
「それでは、日々生み出されては潰される哀れなバグたちに……乾杯!」
バグに乾杯してどうするんだと言っててセルフツッコミしそうになったが、バグ慰霊祭なんてふざけたイベントだしちょうどいいだろう。ドッと笑う声がちらほらと聞こえてくるところをみると、つかみは上々だろうか。
「それでは、次に、同じく実行委員の、
頼んだぞ、と小声で続けて後を任せる。
そして、キャンプファイヤーの前に二人が立つ。
「人の手により生まれ出ては滅され、生まれ出ては滅されし哀れな256のバグたちの魂よ。どうか神となって安らかにお眠りくださいませ」
「
そして、同じく大幣を振りながらツッコミどころ満載の台詞を続ける都。バグ神ってなんだよ。かえってバグを作り込みそうだ。
そんな呪文を唱え続ける彼女たちの裏で、俺はバグが満載の用紙を次々とキャンプファイヤーに投下していく。空気の通り道も確保されているせいか、燃える、燃える。しかし、鎮魂のはずなのに、対象を燃やすのっていいんだろうか。
「はあ。なんか、前期の課題でのデバッグの苦しみを思い出すな……」
「そうそう。自然言語処理の課題とか無茶苦茶難しかったよね!」
などと話す編集部員たち。
「いやあ、このイベントが、続くとは思っていなかったなあ」
そう語るのは
「僕が赴任してきた時からやってましたから、感慨深いですね」
と、
「なんちゅうか、ふざけたイベントやけど、妙に雰囲気あるな」
そうつぶやくのは
その後も、謎の祝詞のようなことを口走りながら、時折くるんと回ってみたり、踊りっぽいものをする2人。最後に、神、いや、紙を燃やしきったところでの
「「バグ退散!」」
という言葉で儀式は終わったのだった。
◇◇◇◇
儀式の後は、皆それぞれでバーベキュー兼懇親会となった。俺達は、まず、
「いやー、なかなか良かったぞ。お疲れ様だったな」
そう労ってくれる
「なかなか緊張しましたよ。なあ、二人とも?」
ミユと都にそう同意を求めるも。
「私は、そうでもなかったけど?」
「私も普通に楽しかったですよ」
「ええ、俺だけか……」
確かに、別にプレッシャーがかかるような要素はなかったんだが。
「美優と都、綺麗だったわー。ウチも来年着たいわー」
そして、巫女装束がどうやら羨ましいらしい
「すぐ返さなくてもいいから、今度着てみる?」
「ほんま?是非是非頼むわー」
どうやら、ミユが陽向に巫女服を貸すことになった模様。
「なあ、木橋。あれって多分……」
「皆までいうな。たぶん、俺の前で着ようってとこやろな」
ため息をつく木橋。
「さすが長年の付き合い。にしても、あんまり嬉しそうじゃないな?」
陽向も、ミユや都ほどじゃなくても巫女装束が似合いそうな体格だけど。
「陽向になんや色々求められるかと思うと、ちょいな……」
そういう方向か。こいつも苦労人だな。
「ま、頑張ってくれ。骨は拾ってやるから」
それだけ言って、別のテーブルに向かう。
「そういえば、野口先生のときはどんな感じだったんですか?」
この奇行で知られる天才教授の事だ。
半端じゃないことをやらかしたに違いないと思うのだが。
「ああ、紙で出来たボートを池に浮かべたよ。いやあ、あれは壮観だったよ」
そうこともなげに言う野口先生。
「紙のボート、ですか?修士号みたいなやつじゃなくて」
またとんでもないことを。
「せっかくだから、ボートごとというのもいい趣向だとは思わないかね?」
燃やしたのか。ボートごと。
毎度のことながら、この人の感性はわからない。
敷地の池でそんな事やって大学事務から怒られなかったのか。
というツッコミが浮かびそうになるが、この人のことだ。
逆にルールを逆手にとってやり込めたというオチだろう。
「外装にも凝ったものだ。printf, malloc, free, fgets……という感じで」
全部、C言語の標準ライブラリ関数だ。
耳なし芳一どころじゃない異様な風景だっただろうな。
その後、2時間余り。仲良くしている友達と親交を深めたり。
普段ゆっくり話す機会のない先生方と和やかに話して、
21時過ぎになってお開きとなったのだった。
◇◇◇◇
参加者の皆での片付けの後。
俺とミユは2人でキャンプファイヤーがあった場所の前で立っていた。
「結局、キャンプファイヤーの前でフォークダンスは無理だったな」
考えてみれば、燃え盛る炎を残して皆帰るわけにはいかないのは当たり前。
そしてキャンプファイヤーの後始末を俺達二人だけで出来るわけもない。
結局、皆でキャンプファイヤーの後始末も行うことになったのだった。
残ったのは、灰になった神、いや紙と骨組みだけ。
「仕方がないよ。それに、フォークダンスは今からだって出来るよ?」
ミユが懐中電灯を骨組みの上に立てる。
すると、周りが薄っすらと照らされる。
周りには誰もおらず、俺達二人だけ。
「これが、キャンプファイヤーの代わり。いいでしょ?」
そう言って微笑むミユが俺の手を取る。
「確かに、こういうのもいいかもな」
気がつくと、どこからともなくオクラホマミキサーの音が流れてきた。
「って、スマホからかよ。用意がいいな」
一瞬、何事?とびっくりしてしまった。
「言ったでしょ。オクラホマミキサーでフォークダンス踊りたいって」
用意のいいミユのことだ。
祭の前には、後片付けの時間に踊るのが無理なのに気づいていたのだろう。
「しかし、ちょっとホラーっぽくないか?」
この雰囲気が恥ずかしくて、少し茶化してみる。が、
「照れてるだけなの丸わかりだよ?」
しかし、魂胆はばればれだったようで、笑われてしまう。くそう。
そうして、気の済むまで、俺達は誰もいない会場で踊ったのだった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
第11章はこれにて終わりです。
次からは、いよいよ12月、冬に入ります。
冬のつくなみ市、そして、
感想、コメントなどいただけたら励みになりますm(__)m
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