第115話 バグ慰霊祭(前編)

 11月24日土曜日。今日はいよいよ、Byte編集部主催のバグ慰霊祭いれいさいの本番だ。といっても、名目上は計算機学部けいさんきがくぶが主催になっていて、予算も学部から出るのだが、いいのだろうかと思う。


 食料品の調達は、車持ちであるしゅんさんに依頼。みやこやカズさんと一緒に、業務用スーパー『肉のハナフサ』に行ってもらっている。


 そして、俺達はといえば、会場設営に精を出していた。


「リュウ君。シート敷き終わったよー」


 駆け寄ってくるミユと如月きさらぎ。女性陣には、会場にレジャーシートを敷くのをお願いしていた。


「如月も、ありがとうな。実行委員でもないのに」


 今日のバグ慰霊祭の準備にあたって、木橋きばし如月きさらぎの大阪カップル組も手伝いを申し出てくれたのだ。人手はあって困ることはないので、とても助かる。


美優みゆう竜二りゅうじからの頼みやさかいな。お互い様やよ」


 そう、なんでもないことのように言う。木橋もだけど、如月も、こういうのは「お互い様」の一言で済ませてくれる。


「そういう助け合いの精神っていえばいいのか。大阪だからなのか?」


 前から疑問に思っていたことをふと聞いてみる。


官舎かんしゃ周辺やと、普通やったね。大阪全体はわからへんけど」


「そういうの、なんかいいな」


 温かみがある地域のコミュニティというのは、都内の都会で育った俺たちにはあまり縁がないものだったから。


「いやいや、そんな理想的なもんやないよ。ご近所さんの誰々がどうしたとかあっという間に広がるさかいな。そっとしておいて欲しいことまで口出しきよるオバハンもおるし」


 渋い顔をして否定する如月。木橋もご近所コミュニティには、微妙な顔をしていたっけ。


「そうか。突っ込んだ話聞いて悪かった」


 そう謝る。


「別に謝るほどのことやないよ。それに、竜二もええかげん他人行儀やない?いつまでもウチのこと名字呼びやし」


 そう、なのだろうか。美優はともかく、俺はそんなにたくさん話した覚えがないのだけど。距離感の取り方の違いというやつか。


「じゃあ、これからは陽向ひなたってことで。よろしく」


 そこまで親しくない相手に下の名前呼びは慣れないけど。


「それでええんよ、それで」


 それで如月改め陽向は満足したらしく、準備作業に戻って行った。


「陽向ちゃん、他人行儀なのが嫌いだもんね」


 一部始終を見ていたミユが言う。この2人も短期間で仲良くなったものだと思う。


「それより、他に準備することはある?」


 問われて、少し考える。バーベキューセットの配置は木橋がやってくれてるけど、もうそろそろ終わりそうだ。シートはさっき敷き終わったし。肉とかは、俊さん待ちだ。


「特に無いな。少し早いけど、巫女装束に着替えといてもらえるか?」


 まだ開始まで1時間以上はあるけど、早めに準備してもらって悪いことはないだろう。そう思ってのお願いだったのだけど。


「巫女服、かあ。皆の前で着るんだよね……」


 少し憂鬱そうに言うミユ。


「なんだ。何か、嫌な理由でもあるのか?」


「今更だけど恥ずかしくなってきちゃって」


「今日の数時間だけだしさ。頑張れ」


 ただ恥ずかしいだけのようだったので、そう励ます。


「そうだね。うん。気分を切り替えていかなくちゃ!頑張る!」


 奮起したミユをみて、ほっと一安心だ。


「それじゃ、着替えてくるね―」


 そう言って、備品が置いてある事務所に去っていくミユ。それにしても、巫女装束。前にも一度拝んだけど、楽しみだ。


「さて、俺は残りの準備でもするか」


 大きなところは、ほぼ準備が済んだが、細々した作業はまだ残っている。しばし、そんな雑用をこなした後、30分くらいして、準備完了。


「お疲れ様、リュウ君」


 プログラムの最終チェックをしていたところ、どうやらミユが戻ってきた様子。って。


「……」


 一瞬、言葉を失う。


「似合ってる、かな?」


 もじもじしたミユに感想を求められる。もちろん、似合っている。巫女装束の赤と白のコントラストと、それと清純な印象が見事にミユに噛み合っている。着こなしも実に様になっている。


「ああ。似合ってるぞ。凄く」


「そっか。良かった」


 ほっと胸をなでおろすミユ。


「私のはどうですか?」


 そこに現れたのは、同じく巫女装束を着た都。ストレートロングの髪は特に巫女装束に似合っているし、ぴしっと背筋が伸びた姿勢は、「本職の巫女さん」という印象を受ける。


「ミユは可愛いけど、都が着ると、様になるな。本職の巫女さんぽいというか」


 そう正直な感想を言う。


「そうですか?普通に着てみただけなんですが」


 はて、という顔の都。ピンと来ないらしい。


「なんていうのかな。都が着ると本格的なんだよな……」


 頭の中でいい言葉を探しつつ言う。


「都ちゃん、私から見ても凄く似合ってるよ」


 ミユも同意してくれた。


「ありがとうございます。俊はどうですか?」


 ちら、と都が脇を見る。

 すると、肉がどっさりと入った袋を抱えて歩いてくる俊さんにカズさん。


「そうだな。都は凄く似合ってるぞ。あ、朝倉もな」


 少し照れた様子を見せながらも、率直な賛辞。


「良かったです。着てみたかいがありました」


「都ちゃんのついでみたいですけど。ありがとうございます」


 そして、彼氏から巫女装束を褒められて嬉しそうな都。


「なんか、今でも俊さんにこんな美人の彼女がいるの信じられねえよ……」


 そうぼやくのはカズさん。まあ、気持ちはわかる。


「カズさんは彼女作らないんですか?」


 なんとなく、聞いてみる。


「俺はいいよ。独りの方が気楽。恋愛とかめんどくさい」


 カズさんは良くも悪くも率直な物言いをする人だから、掛け値なしの本音だろう。


「とにかく、2人共、お疲れ様です。すごい量ですね。何kgでしたっけ」


 彼らが脇に抱えた大量の肉が気になる。


「大食らいのカズも来るからな。多めに10kg買ってきたぞ」

 

「それは重そうですね。車出してくれて、マジ助かりました」


 俊さんたちが歩いて来た方向を見れば、他にも野菜や魚介類、デザートも置いてあって、部員を含めた参加者20名程に対しては多すぎるくらいだ。余った分、どう処分しようか……。


 その後、食材を各テーブルに配置して、ほぼ、準備は完了。


「木橋もおつかれさん。助かったよ」


 バーベキューセットの準備を主にやってくれていた木橋を労う。


「ええよ、ええよ。俺もちょっと懐かしい気分やったし」


 懐かしい?


「木橋は、そういう経験があるのか?」


「ああ。中学の頃、林間学校があってな。クラスの皆で準備したもんや」


 どこか遠い目をして言う木橋。


「それってひょっとして、陽向も?」


「そうそう。違う班や言うのに、あいつ、抜け出して、俺の班に来たがるもんやから、周りもちと困ってな」


 そう苦笑いする木橋。陽向の行動力を考えれば、いかにもありそうだ。


「ちょい健一けんいち。そんな黒歴史まで言うんやない!」


 少しムッとした様子で話に割り込んできた陽向。


「お前に振り回されてるんやから、別にそのくらい、話の肴にしてもええやろ」


 はるばる、つくなみまで押しかけて来た事を暗に言っているのだろう。まあ、俺達もあれはびびったからな。その後も喧々諤々の言い合いをしているので、俺達は退散。


「しかし、なんていうか、壮観だよな……」


 開始の18:30も近づいて来て、11月の今はもうすっかり真っ暗だ。キャンプファイヤーの篝火が周りを薄っすらと照らしている。参加者も全員到着して、それぞれのテーブルで開始を待っている最中だ。その中には、相変わらずアフロな金城きんじょう教授と、その奇行で俺達の度肝を抜いた野口のぐち教授もいる。野口先生、また変なことしなければいいけど。


「この中に、いくつバグがあるのかな」


 山積みになった印刷用紙を眺めながら、しみじみと言うミユ。バグ慰霊祭で、「鎮魂」のために燃やされる、プログラムがプリントアウトされた紙だ。


「そういえば、考えたことがなかったな。1枚につき1個くらいはバグがありそうだから……ざっと200ってとこか?」


 そもそも、プログラムと言っても、計算機室のゴミ箱に捨てられていたものをかき集めたものだから、重複したものがあったり、コンパイルエラーになってそうなプログラムがあるから、いくつか知れたものじゃないが。


「じゃあ、256のバグってことにしてみない?Byteバイトでキリもいいし」


 いい案を思いついたとばかりのミユ。うまいこと言ったつもりか。


「じゃ、お祓いするときに、「256のバグを〜」って感じで言ってくれよ」


 だから、俺も、そう思いつきを口に出してみる。


「そういうアドリブは苦手なんだけど……やってみるね」


 少し苦い顔をしながらも、頷いてくれたミユ。


 そして、18:30。いよいよ開会の時間だ。


 キャンプファイヤーを背景にして、周りを見ると、皆、酒やソフトドリンクを片手に、開会を心待ちにしているようだ。


 そんな風景を見て、にわかに気分が高揚してくる。


 少し咳払いをして、「あー、あー」と発声してみる。考えてみると、こんな風にして行事を仕切るのは初めてだからか、緊張しているのに気づく。


「そんな緊張しなくても、大丈夫だってば。応援してるからね」


 俺のそんな様子に気づいたのか、ミユが励ましの言葉をくれる。


「ああ、わかってるよ」


 とはいえ、緊張してしまうのはどうしようもないのだけど。


 そうして、祭りが始まった。

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