第128話 結婚当日
「なんで、市役所がつくなみ駅じゃなくて研究学園駅にあるんだろうな……」
年が明けて数日経った、1月4日の金曜日。
俺たちは、いよいよ婚姻届を提出するためにつくなみ市役所に向かっていた。
てっきり、つくなみ駅付近にあるものだと俺たちは思い込んでいたのだけど、実は隣駅である研究学園駅付近にあるのを知ったときはたまげたものだ。
全般的に研究学園駅の方が発展してる気がしてるし、都市開発を間違えたんじゃないだろうか?
「今日はおめでたい日なんだから、そんな事を言わない!」
「ま、そうだな。悪い、つい、な。にしても……」
「?」
「いや、スーツ姿のミユ見るのは入学式以来か?」
「また、スーツに着られてるとか言うつもり?」
入学式の時にからかったのを根に持っていたらしい。
ぷくっと膨れた表情で不満げだ。
「いやいや、今はなんていうか……似合ってるぞ。うん」
「ほんとー?」
「ほんとだって」
「じゃあ、許してあげる」
なんてやり取りをしていると、あっという間に研究学園駅に到着。
まあ、たった一駅なので当然なのだけど。
そして、研究学園駅から歩くこと約10分。
白い、綺麗な市役所の庁舎が見えてきたのだった。
「やけに綺麗だよね。新築なのかな?」
「俊さんとかなら知ってそうだけど……。最近出来たっぽいよな」
素人目にだけど、築年数は10年かそこら、あるいはもっと少ないようにすら見える。
「ま、とにかく入るか」
「うん!」
入るとやっぱり中身も綺麗で、新しい建物という見立ては正しかったらしい。
1階の「市民窓口課」に届け出をするということだったので、向かうと、特に並んでいる人は居なくて、すぐさま受付の人に呼ばれた。
「あの、婚姻届を提出したいんですが……」
と、持ってきた婚姻届を出すと、いくつかの項目について確認した後。
「はい、確かに受理致しました。ご結婚、おめでとうございます」
とのこと。
「ええと、これで、届け出としては終わり、になるんでしょうか?」
あまりにあっさりと受け取られたので拍子抜けして、つい聞いてしまう。
「正確には、書類に不備がないかチェックなどをするのに1週間程度かかりますが、おそらく問題ないと思います。大変お疲れさまでした」
「あ、はい。ありがとうございます」
「せっかくですので、記念写真を撮っていかれますか?」
「よ、よろしくおねがいします。スマホのカメラしかないんですが……」
「大丈夫ですよ。操作を教えていただければ」
ということなので、受付のおばさんにスマホを渡して、背景に誰も居ないところで、数枚写真を撮ってもらう。腕を組んでみたり、ピースしてみたり、肩を寄せ合ったりとか無駄にいくつかバリエーションを作ってみた。
「それでは、おめでとうございます。お幸せに」
朗らかな笑顔で受付のおばさんに見送られて、役所を出た俺たち。
「なんか、めちゃくちゃあっさりしてなかったか?」
「う、うん。これで、結婚、した、んだよね?」
俺だけじゃなくて、ミユも困惑気味だ。
もちろん、式を挙げるわけじゃないのだから、凄い何かが起こる事を期待していたわけじゃない。にしても、本当に書類を渡して記念写真を撮ってもらっただけだった。
「ああ、でも。私は、姓が「高遠」になるから、色々これからやらなくちゃいけないんだよね……」
「俺達は学生なのは不幸中の幸いかもな。働きながらだと、銀行とか、クレジットカードとか、色々手続きするだけも大変らしいし」
「あー、デビットカードの名義とかどうなるのかな」
俺たちはまだ未成年なこともあって、クレジットカードが必要な決済はもっぱらデビットカードを使っている。
「どうなんだろうな。ほとんど、クレカと同じ感覚で使えてるけど。電話かけて後で聞いてみようぜ」
「うん。でも、これで、お嫁さん、かあ……」
どこか、ぼんやりした声でつぶやくミユの声。
「あんまり嬉しくない、か?」
「ううん。そうじゃないの!ただ、リュウ君とはここ数ヶ月同棲してきたし、凄くあっさりしてるなって感じてるの」
「俺もその気持ちはよくわかる。なんか、俺たちだけが籍を入れて、「夫婦」って言われても、書類出す前と後で凄い変わった気がしないんだよな」
そんな、よくわからない気持ちを抱えながら帰り道を歩く俺たち。あ、そうか。
「区切りをつけるために、結婚式ってのは有効なのかもな。書類を出してはい終わり、じゃなくて。ちゃんと式の準備をして、皆の前で誓って、お披露目をして、とかやって」
「ひょっとしたらそうなのかも。お母さんたちに後で聞いてみよっか?」
というわけで、帰ってから母さんに、結婚した実感がイマイチ湧かない話をしてみると、
「私の時も似たようなものよ。実感が湧いたのは、むしろ、式を挙げて披露宴まで終わったときね」
とのことだった。
「披露宴ねえ……手間もお金もかかりそうだけど、どうする?」
「内輪でさらっとやるくらいでどう?つくなみ市に居る人+都ちゃんくらいで」
「そうしてみるか」
結局、帰ってからも、結局、昨日までの延長線上にある気がどこかしてしまう俺たち。
「なあ、呼び方でも変えてみるか?」
いつも通りにミユが作ってくれた夕食を食べながら、思いつきを提案してみる。
「呼び方?たとえば?」
「美優さん、とか?」
深く考えていなかったので、適当に「さん」をつけてみる。
「うーん。なんだか、ちょっと堅い気がするよー」
「言ってて俺も思った」
「リュウ君だったら、竜二君、とか、竜二、になるかな?」
「どっちもなーんか違和感あるな。竜二君だったら、距離が遠くなった気がするし、竜二だと、なんかミユが強気になった感じがする」
うまく言葉に出来ないけど、そんな感じだ。
「呼び方はそのままで行こう?その方が安心するよ」
「ま、そりゃそうか。いや、なんか新婚さんぽい会話してみたかったんだけど」
「それだと……夜は、一緒に寝たい、かな。うん」
少し声を小さくして言う辺り、何を連想したのか嫌でもわかってしまう。
「ま、そっちの方はもうちょっと後でということで。あとは……」
こう、どうにか区切りをつけたい気持ちがあって、何かそれっぽい行動や言動を考えるのだけど、なかなかいいのを思いつかない。
「あ、そうだ!名字!表札の名字だよ!」
「ああ、そういえば、今は
というわけで、手元のPCで、結婚して初めての共同作業を開始。
ちょっとそれっぽく、「高遠」の文字を大きなフォントで配置する。
旧姓で届く荷物もしばらくはありそうなので、右隅に「旧姓:朝倉」
と配置するのも忘れない。
作業すること約30分。立派な表札のようなものが出来た。
「よし。表札張り替えようぜ!」
「うん!」
というわけで、厚めの紙に印刷した表札をテープで適当に固定。
「でも、ちょっと安っぽいよな。うーむ」
「せっかくだから、立派な表札も作ってみない?」
「いいな、それ。大学にある3Dプリンタでも借りれば作れそうだ」
「でしょ?ちょっとワクワクしてきたかも」
出来上がったばかりの少し安っぽい表札を見ながら、そんな、共同作業に夢をはせて笑い合う俺たち。
(ようやく、一緒の家庭を持つんだって実感出てきたのかもな)
思いついたが吉日ということで、早速3Dプリンタ用のデータをワクワクといった感じで作り始めるミユ。
そんな風に楽しく作業を始めるミユを見て、そんな事を思ったのだった。
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