第129話 結婚祝いの夕食

 籍を入れた翌日の夜のこと。

 俺たちは、「割烹一が矢かっぽういちがや」に来ていた。

 しゅんさんが、俺達の結婚を祝ってくれることになったのだ。


「でも、ほんといいんですか?こんな豪華そうなのをご馳走になって」


 目の前には、刺し身、天ぷら、牡蠣ご飯、蟹のお味噌汁などなどが並ぶ。

 彼は、本当に気前が良い時は良いというか……。


「豪華と言っても、これで一人3000円程度だ。遠慮はするな」


 と俊さんは、こともなげに言う。


「これで3000円ですか。にしても、気が引ける額ですけど……」

「リュウ君」


 心持ち強い声で、俺を諭すように言うミユ。

 そうだよな。祝ってくれてるんだし、素直に受け取るべきだよな。


「……とにかく、皆、集まってくれてありがとう。結婚したてで、まだまだ色々実感が湧かない事もあるけど、これからもよろしく」

「よろしくね」


 と夫婦揃って、周りの面子に頭を下げる。

 今日のお祝いに出席したのは、俺たち以外に俊さん、みやこ木橋きばし陽向ひなたの4名、に加えて意外なことにカズさんだ。

 てっきり、こういう事は興味がないと思っていたのだけど……。


「ま、これからも夫婦仲良くな」

「お二人とも、末永く仲良くしてくださいね」


 と俊さんと都。


「お前らやったら、夫婦円満間違いなしやろな」

「そのうち、夫婦の色々教えてな♪」


 と木橋と陽向。

 陽向の奴は、また何か妙な方向に興味を示してるな。


 そして、最後に。


「まあ、なにはともあれ、めでたい。さっさと食おうぜ」


 いつもの調子のカズさん。

 この人、ひょっとして食べたかっただけなんじゃ、と少し思う。


「いただきまーす」


 ともあれ、普段あまり食べる機会の無い豪華な和定食だ。

 思う存分味わおう。まずは、牡蠣ご飯を一口。


「おお。うまっ。牡蠣ご飯って初めて食べるけど、美味しいな」

「うんうん。幸せーって感じだよね」


 と美味しい料理に舌鼓を打ちながら、和気あいあいとした夕食が始まる。


「で、籍入れて一晩経って、どんな心境なん?あと、それと結婚しょ……」

「言うに事欠いて、何言っとんねん。陽向のドアホ!」


 興味深々に、後半何やらあれな台詞を口走りそうになった陽向。

 頭をはたいて木橋が止めてくれたのはありがたい。


「後半はおいといて。やっぱ、あんまり区切りついた感じはしないな」

「昨夜、一緒に表札作って、少しは実感湧いたかと思ったんだけどね」


 と夫婦揃って、イマイチ実感が湧かない現状を告白する。


「なんや。もっとラブラブしとるかと思ったのに」


 つまらなそうな陽向。何を想像してたんだよ。


「同棲始めた頃ならともかく、籍入れただけだとあんまり変わらないな」

「あ、でも!名字は変わったよ!」

「ま、そうだな。その辺は、ミユの方が影響でかそうだけど」


 これから、ミユの側は面倒くさい事務手続きが結構ある。

 正直、それを思うと少し申し訳ない気持ちもあるんだよなあ。


「こちらが、私の夫です、って言えるのは、ちょっと嬉しいかも」

「確かに、俺も、こちらが私の妻です、とか言えるのいい気がするな」


 紹介する時に、夫婦と言えるのはちょっといい。


「でも、竜二君も、美優ちゃんも、すっかり所帯じみてますよね」


 微笑ましげに言う都だけど……。


「そうかな?リュウ君」

「どうだろ。まだ、恋人って感じがするんだけどな」


 お互い向かい合って、見つめてみるけど、しっくり来ない。


「そういう所が所帯染み取る言うんやないか?」

「そうや、そうや。健一ももうちょい見習って欲しいくらいや」

「やから、婚約とかはもうちょい待ってっちゅうとるやろ」


 また、何やら言い合いを始めた二人。

 って、いつの間にやらそんな話になってたのか。


「お前たちの方が所帯染みてる気がするんだけど」

「陽向ちゃんも、もう少し待ってあげたら?」


 ミユの方は、どうやら陽向経由で知っていたらしい。


「言うても、ウチらも、もう結婚を決断してもええと思うんよ」


 なんだか、話が陽向の愚痴に傾いて来たぞ。


「せめて、無事に受験終えてからにせえちゅうとるやろ」

「木橋の方が正論だな」


 時々忘れそうになるが、陽向はそもそも筑派大の受験を控えている。

 一応、俺とミユで見ている感じ、問題はないけど。


「やったら、ウチが合格したら、ちゃんと腹くくってもらうよ?」

「……わかった、わかった。それでええから。今は二人のお祝いの席やろ」


 頭が痛そうな木橋が、渋々と言った様子で陽向の条件を飲む。

 こんなところで、重大な決断をしていいのか、おい。


「ま、そやね。でも、お味噌汁もめっちゃ美味いわー」


 蟹のお味噌汁をすすりながら、ほう、と息を吐く陽向。


「蟹の味噌汁って、回転寿司でもあるけど、これは別格だな」


 出汁の濃さが違うとでもいうのだろうか。


「あ、今度、スーパーで蟹買って来て作ろうか?蟹のお味噌汁」


 ふと、思いついたように言うミユ。


「作ってくれるのはありがたいけど、ちょっと高くないか?」

「たまにだったら大丈夫。せっかくだし、新しい料理にも挑戦したいし」


 そういえば、スーパーで蟹を見かけた気がするけど、いくらだったかな。


「蟹のお味噌汁、いいですね。今度、作りましょうか?」

「ああ、たまにはいいかもしれんな。頼む」


 都の奴もすっかり通い妻と言った風情だ。


「そういえばさ、今度、内輪でお披露目会やろうって話になったんだけどさ」


 昨夜、話していたことを打ち明けてみる。


「そうそう。区切りつけようって話になったんだよね。どうかな?」

「そういえば、まだ美優のウェディングドレスも見とらんよな、見たいわー」

「ちなみに、面子はどうするんや?」

「ここにいる人とお父さんたち、バグ慰霊祭に来てもらった人たち、くらい?」

野口のぐち先生は、呼ぶと色々微妙そうだけどな」


 あの先生のことだし、何か妙なことを思いつきそうな気もする。


「あの人は止めといた方がいい」

「だな」


 うんうんと頷く、俊さんにカズさん。


「ひょっとして、誰かの披露宴で何かやらかしたんですか?」


 ちょっと不安になって聞いてみる。


「やらかしたと言う程じゃないんだがな。スピーチさせない方がいいのは確かだ」

「じゃあ、止めときます」


 予想もしない方向で変なスピーチかまされそうだ。


「とにかく、参加OKってことで。時期は3月上旬くらいで考えてるんだけど……」


 お披露目会の日程についても、大体問題なしといったところか。

 その後は、いつも通りのトークに移って、少し豪華なお祝いは終了。


「なんか、少し、結婚した実感湧いたかもしれないな」


 夜中、常夜灯だけがついたベッドで、天井を見ながらつぶやく。


「うん。皆がお祝いしてくれて、嬉しかった」


 そう言うミユは、少しはにかんでいた。

 

「そういえば、お披露目会、美園みそのちゃんも呼ばないとだな」

「あ、そうだね!美園ちゃんの彼氏さんも拝めるかも」


 美園ちゃんのことだ。きっと、優しい彼氏さんを捕まえただろう。


「明日からまた、よろしくな。ミユ」

「うん。こちらこそよろしくね、リュウ君」


 少しぼんやりとした頭で、そんな言葉を交わした俺たちだった。

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