第77話 俺が幼馴染にプロポーズした件

 プロポーズ。将来の結婚相手に、結婚の意思を伝える行為。


 なのだけど、ミユからの返事はほぼ決まっている。ただ、せっかくなのだから、想い出に残るものにしたいと思って、雑誌記事を読んだりネットで検索したりしていたのだが、いまいち決定打がない。ただ、


「プロポーズの言葉はシンプルな方が良い」


 というアドバイスは心に残った。ミユにしたって、今更、長口上でプロポーズされても困るだろう。


(せっかくなら、ミユとの想い出がある場所にしたいな)


 東京に住んでいた頃も、つくなみに引っ越した後も、ミユとの想い出は、それこそ数え切れないくらいある。時間的には東京で過ごした日々の方が長いが、これから当面つくなみで暮らしていくのだから、こちらでのプロポーズの方がいいように思える。


 そして、脳裏にいい場所が閃いた。なら、夏休みの今、あまり人が居ないだろうし、バッチリだ。よし、決めた。


◇◆◇◆


「ちょっと、近くに散歩でも行かないか?」


 いつものようにミユが作ってくれた夕食を食べ終えた俺。何気ない素振りで、そんな風に誘ってみる。


「うん?別にいいけど。どこ行く?」


 一瞬、怪訝な顔をされた気がしたけど、勘違いだったか。


「ちょっと大学会館まで」


 最低限外を出歩ける格好に、婚約指輪の入ったケースをバッグに突っ込んで、家を出る。


「夜はだいぶ涼しくなってきたね」

「だな。8月は滅茶苦茶暑かったよな」

「リュウ君は、暑いの苦手だから、大変だったよね」

「まあな。おまえは平気そうだったけど」


 そんな事を話しながら歩く。目的地の大学会館は、俺達の家から歩いて5分くらいの所にある。郵便局もやATMもあり、よく使うところだ。


「というわけで、到着ー」


 夜の大学会館は、ひっそりと静まり返っている。近くから虫の声が聞こえてくる辺り、田舎のつくなみらしい。


「それで。なんで、大学会館?」


 くるんと振り向いて、俺の方向を見上げてくるミユ。その瞳を見つめていると、なんだか考えを見透かされそうな気になって、少し目線を逸らす。


「つくなみでの、の始まりの場所にしたかったんだよ」


 後ろ手に、婚約指輪の入った箱を隠しながら言葉を紡ぐ。


「……あー、そっか、そっか。結構いい場所だよね」


 口ぶりを見ると、もう何を言いたいのかはバレているようだ。


 ここは、大学会館。筑派大学つくはだいがくの入学式が行われた大講堂のある場所だった。


◇◆◇◆


「今日から、私たちも大学生かー」


 今日は筑派大学の入学式。お隣さんの俺たちは、家から揃って来ていた。


「にしても、ミユのスーツ姿は似合わないな」


 考えてみると、ミユがスーツを着た姿を見るのはこれが初めてかもしれない。


「それって、子どもぽいって遠回しに言ってる?」


 むくれるミユだが、声はどこか楽しそうだ。


「そうだな。なんていうか、スーツに着られてるって感じ」

「私だって、似合わないのわかってるよ」

「冗談だって。似合っってる、似合ってる」


 そう言って、ミユの頭を撫でる。


「ちょ、ちょっと。人が見てるよ」

「おっと、悪い」


 つい癖で撫でてしまった。


 次の瞬間、ひゅーと風が巻き起こった。咲いていた桜の花が風に飛ばされて、こちらまで飛んでくる。


「わぷ。桜、綺麗だねー」

「ああ。入学式日和だな」


 あまりにも入学式にぴったりなものだから、桜の花が祝福してくれているようだ、なんて、ポエミーな言葉が一瞬頭をよぎる。


「なんか、私達を祝福してくれてるみたいだね」

「なんか、ポエミーな事言ってるな」

「もう、茶化さないでよ」


 当の俺がまさにポエミーな事を考えていた事は黙っておく。


「でも、同じ学部の男の子とうまくやってけるかな」


 ふと、不安そうな声。例の事件以来、こいつは、未だに同年代の男子とうまく接することができない。


「ま、俺が見ててやるからさ。少しずつ、なんとかしてこうぜ」

「……うん!」


 うなずいたミユと共に、俺たちは大講堂に入ったのだった。


◇◆◇◆


「信じられるか?もう、あれから、5か月も経つんだぜ」


 振り返ると、あっという間だったようにも感じる。


「最初の頃は、私も色々やらかしちゃってたなあ」


 どこか遠い目をするミユ。


「それは仕方ない。最近はマシになってきただろ?」

「Byteの人たちのおかげかも」

「あの人達、ほんと、変に干渉してこないから」


 集まれば何かをするし、討論もするけど、妙な深入りをしないところが不思議と心地よくて、Byte編集部はすっかり俺たちの居場所になってしまった。


 ほんと、たった5か月だけど、かなり色々な事をした気がする。


「今思うと、俊さんに彼女ができるとは思わなかったな」


 出会った時は、とにかく浮世離れしているというか、変わったところがある印象が強かった部長のしゅんさん。


「やっぱり、俊さんも人恋しかったんだよ」

「だな。あの人も情に厚い方だし」


 飄々とした振る舞いも素なのだろうけど、どこか寂しさを覚えていたのだろう。


「というわけで、なんか色々あったわけだけど――」

「うん?」

「これからも、お前とずっと一緒に居たいと思ってる」


 その言葉とともに、婚約指輪を差し出す。


「もう、前置きが長いんだから」


 口では文句を言いながらも、嬉しそうだ。


「でも、お前も会館着いたときにはわかってただろ?」

「それは、なんとなくね」

「やっぱりな」


 だからこそ、変に緊張せずに済んだのかもしれない。


「それで、指輪、つけて欲しいんだけど」


 言いながら、指輪を取り出して、差し出してくる。


「こういうの、自信ないんだけど」


 ミユの細い左手の薬指に、ゆっくりと指輪をつける。


「これで、私も晴れて婚約者だねー」


 まったく、嬉しそうな顔をしてからに。


「でも、既にわかってだだろ?指輪買う時に」

「それとこれとは別。やっぱり、実感があるよ」


 指輪をかざしたりなんかしている。


「おもちゃの指輪でも昔送ってたら、感動的な場面だったかねー」

「それはお話の読みすぎだよ」

「最近ニュース見たんだけど、幼稚園の頃、結婚式ごっこをした男女が、大人になってから再会したらしいぜ」

「ほんと?」

「マジマジ」


 ググって出て来たニュースを見せる。


「ほんとだ。ドラマチックだね……」


 ニュースを見ながら目をキラキラさせている。


「だから、現実にもこういう出来事はあるらしい」

「物語に出てくるのも、元ネタがあるのかな?」

「どうだろ。案外そうなのかも」


 事実は小説より奇なりとも言うし、実際あったりするのかもしれない。ともあれ、そんな物語はおいといて。


「ともあれ、これからも、よろしくな」

「はい。旦那様♡」

「旦那様は似合わないから止めてくれ」

「せっかく、頑張ってみたのに」


 そんな事をわいわい言いながら、俺たちは家に帰るのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


 第7章はこれで終わりになります。もし気に入った、応援したい、などあれば

コメントやレビューお願いします。


 第8章では、婚約者になっても相変わらずな2人の日常や、引き続き夏休み後半の出来事をお送りします。

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