第76話 俺が幼馴染と婚約指輪を買いに行く件(後編)

 研究学園都市けんきゅうがくえんとし駅付近にある、イーヤスつくなみというショッピングセンターにやってきた俺たち。つくなみ周辺では、この辺りが一番品揃えがいいのだけど、車がないとちょっぴり不便な位置なのが難点だ。


「-15℃って店が、指輪扱ってるみたい」

「じゃあ、そこに行くか」


 しかし、やけに混んでるな……。


「なんで、こんな混んでるんだろ」

「リュウ君、今日は土曜日だよ」

「ああ、そうか。忘れてた」


 夏休みがずっと続いていたせいで、曜日の感覚がなくなりかけていた。考えてみると、土曜日の午後なんて、いかにも混みそうな時間帯だ。


 人混みの中をそろそろと移動すると、1Fの一角にその店、「-15℃」はあった。なんで氷点下なんだろうと思うけど、気にしてはいけないのだろう。


 入ってきた、俺たち二人組を目ざとく見つけた店員さんが声をかけてくる。


「何かお探しでしょうか?」


 まだ20代後半といったところだろうか。俊さんとあまり変わらないくらいの歳に見える。


「えっと。婚約指輪を探しに来たんですけど、ありますか?」

「ご婚約ですか。それはおめでとうございます。そちらの方が?」

「はい。俺の婚約者……です」


 正確には、まだプロポーズしていないけど、似たようなものだろう。


「ふふ。見た感じ、まだ大学生くらいのようですけど」


 フランクにたずねてくる店員さん。


「実は、学生の内に婚約しようという話になりまして」

「そ、そういう感じです……」


 何故か、ミユは縮こまっていた。


「羨ましいですね。私なんか、未だに独り身ですから」

「は、はあ」


 単なる世間話だろうか。


「それで、ご予算はいくらくらいですか?」

「実は、恥ずかしながら、奮発して5万円といったところです」


 それでも、結構貯金は切り崩さないといけない。


「最近は、そういう方も多いですから、大丈夫ですよ」

「それはよかったです」


 特に下調べもせずに来たので、予算5万円ではちょっと……と言われたらどうしようかと思っいた。


「先に、サイズ測らせていただきますね」


 そう言って、店員さんが何やら複数のリングぽいものを持ってくる。なるほど。あのリングを使って、指輪のサイズを測るのか。


「ふむふむ。なるほど。それで、材質はいかがなさいますか?」

「あの。材質は詳しくないので、解説してもらえると助かります」


 金銀プラチナなど色々あるのは知っているけど、違いがよくわからない。


「まずは、一番安いのがシルバー、つまり銀製ですね」


 店員さんの言葉は少し意外だった。銀というと高いイメージだったのだけど。


「それで、シルバーですと、安いものなら2万円くらいからありますよ」

「そ、それは安いですね」

「ただ、シルバーだと、こまめにお手入れしないと変色してしまいます。メンテナンスコストがかかるんですよね」

「どれくらいお手入れすれば?」

「そうですね……1週間に1回はしていただかないと」


 1週間に1回か。ちょっとめんどくさそうだけど、ミユのつけるものだから、聞いてみないと。


「だって。ミユ、どうする?」

「うーん。こだわりはないんだけど、1週間に1度はきついかも」

「だよな。もうちょっと別のありませんか?」

「だとすると、ゴールドですね。シルバーよりもお手入れをしなくてよいですし、1ヶ月に1回くらいのお手入れで十分ですよ」


 なるほど、それなら案外良さそうだ。ミユに視線を送ると、コクコクとうなずいている。


「じゃあ、ゴールドの方向で。おいくらくらいからですか?」

「ピンきりですけど、安いのでしたら3万円くらいのから、ありますよ」

「それは安いですね。試着しても大丈夫ですか?」

「はい。もちろん」


 というわけで、ミユに展示してある指輪をはめてもらう。ゴールドというからてっきり金色に輝いているものだと思ったけど、そうでもないらしい。


「リュウ君、これどう?」


 薬指につけた指輪を見せてくる。飾り気のないシンプルな指輪だけど、キンキラキンな感じでなく、落ち着いた感じで、いいかもしれない。


「結構、いいかも」

「じゃあ、これは?」


 また別の指輪を見せてくる。こっちは、指輪が湾曲していて、ちょっぴり独特なデザインだ。


「俺としては、もうちょっとしっかりしたのがいいなあ」


 というわけで、ミユは指輪を色々試着したのだけど。


「リュウ君、これどうかな?お値段もお手頃だよ」

「4万円か。ありだな」


 なんとも現金なものだと思うけど、さすがに数十万する婚約指輪を送れる財力はない。


「じゃ、これ、お願いします!」

「畏まりました。イニシャルなど彫れますが、いかがします?」


 イニシャルかあ。少し、恥ずかしいけど、記念になると思えば。


「じゃあ、お願いします」

「それでは、数日後にまた取りに来てくださいね」


 ということで、指輪売り場を後にする俺たち。


「なんか、あっさり決まっちゃったね」

「うん。もう少し、揉めるかと思ってた」

「私はリュウ君からもらえるだけで満足だよ」


 嬉しそうにそんなことを言われてしまう。


「しっかし、もう婚約指輪を買うことになるとは」

「プロポーズ、楽しみにしてるね♪」

「期待しないで待っててくれ」


 さて、どうやってプロポーズをしたものだか。

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