第75話 俺が幼馴染と婚約指輪を買いに行く件(前編)

 9月も半ばに近づいてきたある日。俺は、一つの事を考えていた。


「どうかした?」


 今は朝食中で、いつも通りミユが作ってくれるご飯をありがたく頂いている。


「いや、なんでもない」

「調子悪かったら、言ってね?」


 心配そうに、そう言われてしまう。


「そういうんじゃないから」


 俺の様子が少し変なのを見て、体調が悪いのではと疑ったようだけど、それは正しくない。ただ、考えているだけだ。ミユとの婚約について。


 帰省の時に母さんから婚約の話をされてから、早くも半月。同棲を開始してからは、もう1ヶ月以上になる。ミユにはもうちょっと考えてみて、改めてプロポーズをしたいと言ってあるが、その間これといった問題は起こらずに順風満帆そのものだ。


 やはり一緒に育ったという点は大きいのだろうか。喧嘩になりそうな種があったら、どっちかが察知して、なんとなく喧嘩になるまでに解決している気がする。


(そろそろ、本当にプロポーズをしてもいいかもしれない)


 そう考え始めていた。恋人としても、そして、人生の伴侶としても、やっぱりミユ以上の女性に巡り会える気がしない。それに、結婚後でよく問題になると言われる金銭のやりくりの話も既に経験しているけど、大丈夫だと思う。


 さて、そうなると問題になるのが、婚約指輪とプロポーズの場所だ。まずは、婚約指輪からだろうか。貯金もたかが知れてるのであまり高いのは買えないけど。


「なあ、ミユ。今日は予定空いてるか」

「空いてるよー。どこか、お出かけ?」


 無邪気にそんなことを聞いてくるミユ。


「ええと、研究学園都市けんきゅうがくえんとし駅に行きたいんだ」

「確かに、つくなみセンターよりも、あっちの方が品揃えいいよね」


 ここ、つくなみ市を象徴する駅の一つであるつくなみ駅だが、当初の目論見通り、駅中心に大規模な開発が行われることなく、隣の研究学園都市駅にそのお株を奪われてしまった。


「それで、デートっていうか……」


 正直、事前にサイズを教えてもらって、プロポーズなんて事も考えたのだけど、指輪のサイズなんてものでミスって、ミユが嵌められないなんて事があったら本末転倒だ。というわけで、本題を伝えなければいけないのだが……。


「何か用事?」

「用事といえば用事だな。それも、重大な」

「重大な?」

「あー、はっきり言うよ。婚約指輪選びに行かないか?」

「……えええ!?」


 さすがにミユも驚いた様子。ちょっといきなり過ぎたか。


「その前に、プロポーズがまだだと思うんだけど」


 じとーっとした目で睨まれる。言われればそうか。プロポーズをまだしてないのに、婚約指輪を選びに行こうぜ、というのはちょっと駄目だな。


「すまん。順序が逆だよな。でも、指輪なしにプロポーズもどうかと思ったんだ」

「まあいいけど。プロポーズは後でちゃんとしてくれるんだよね?ね?」


 期待に満ちた視線を向けてくるミユ。


「うん。ちゃんとやるから」

「なんか、かっこいいの期待してるからね」

「それはあんまり期待しないでもらえると助かる」


 正直、いいプロポーズとやらの自信が全然ない。


「ええー!?」


 露骨に不満そうなミユ。


「じゃあさ。夜景の見えるレストランで、指輪を颯爽と差し出すのがお好みか?」


 そういうご要望にはお答えできなさそうだが。


「そこまでは言わないけど……というか、それはドラマとか映画に毒されすぎだよ」

「それは否定できない。けどさ、世の中の夫婦、どうやってプロポーズしたんだ」


 というわけで、俺の家に聞き取り調査を行ったのだった。


「私は、徹夜明けの牛丼屋だったわね。結婚しない?って」


 うちの母さんの言い分だ。ムードもへったくれもない。


「それ、どんなシチュエーションだったのさ。一体」

「確か、徹夜の麻雀明けじゃなかったかしら」


 何か、非常に微妙なことを聞いてしまった。徹夜明けというのは妙なテンションがあるもので、その勢いだったのだろうか。


「ひょっとして、徹夜明けのテンションってやつ?」

「そうそう竜二りゅうじもわかるようになって来たじゃない!」


 全然喜べないんだけど。というか、


「父さんは、それでなんて?」

「びっくりしてたわね。目をすっごく大きく見開いてたわ」

「そりゃそうだ」

「それでそれで、おじさんはどんな返事したんですか?」


 気になったのだろう。ミユが割り込んでくる。


「あら、美優ちゃん。こんばんは。ひょっとして、婚約の話でもしてた?」

「は、はい。それで、おばさん達の体験が聞きたいなと思いまして」

「あらあら。楽しみだわあ」


 電話の向こうではさぞかしにやけてるんだろうなあ。


「それはいいから、父さんの反応は?」


 ミユからスマホを取り返す。


「すごくびっくりしてけど、即答だったわよ」

「マジか……」


 よく、即答できたものだ。


「付き合って長かったからねー。あのひとも、もういいかって思ったらしいわよ」

「なんて投げやりな……」


 徹夜明けの牛丼屋で、なんとなくプロポーズか。うーむ。


「別に場所にこだわることなんて無いわよ。2人の問題でしょ?」

「それはそうなんだが」

「それとも、美優ちゃんが不満?」

「まあ、ちょっとは」


 そこで、再びスマホが奪い取られる。


「あ、おばさん、別に私はこだわってないですからね?」

「あら、そうなの。じゃあ……」

「とりあえず、わかったから。婚約の件はまた今度な」


 グダグダになりそうだったので、会話を打ち切る。


「さすがに、深夜の牛丼屋で、は、微妙だなあ」

「私も、もうちょっと想い出の場所って感じのがいいな」

「そっちは考えてみるよ。まずは、指輪探しに行こう」

「そういえば、リュウ君、私の指輪のサイズもわからないよね」

「教えてもらう機会なかったからな」


 というわけで、研究学園都市駅に婚約指輪を探しに行くことになった。こういうところでまで、いつもの延長線上で来ているのはどうかと思うけど、それも俺たちか。

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