第7話 幼馴染と深夜に牛丼屋に向かう件について

「俺たち、なんで牛丼の重さを測ってるんだろう」


 日時は4月23日の26:00を回ったばかり。

 ここは牛丼チェーン店「すみ屋」のテーブル席。

 他には客はおらず、閑散としている。


「Byteの記事のためじゃないかな?」


 不思議そうなミユ。


「そういうことじゃなくてだな。おかしいだろ?」


 言いたいことがうまく言葉にならない。


「私はリュウ君と一緒に居られて、楽しいよ」


 そんな事をさらっと言いやがるミユ。

 可愛い。じゃなくてだな。


「牛丼の重さを測るお客さんなんて、いないだろ!?」


 つい、ダンとテーブルを叩いてしまう。

 深夜の時間帯を選んだのは他のお客さんに迷惑をかけないためだ。


「俊さんが「こういうのは慣れだよ、慣れ」って言ってたよ」


「慣れていいのかよ?」


「ネタ企画ってよくあるよね。私たちがそれをやるだけじゃないのかな」


「ネットで記事を書いている人も大変なんだろうな」


 しみじみとそう思う。


 事の発端は今朝のByte編集部にさかのぼる。


◇◆◇◆


「牛丼ハーフ2個と並盛1個だと、ハーフ2個の方がお得じゃないだろうか」


 部室に顔を出したところ、部長のしゅんさんがそんなことを言い出した。


「俊さん、何を言ってるんですか?」


 すかさず俺がツッコむ。


「最近、すみ屋が牛丼ハーフを始めたのは知っているだろ?」


「ええ、量は少ないけど、値段は半額ってやつですよね」


 すみ屋は全国に展開する牛丼チェーン店だ。

 つくなみ市にも出店していて、学生もよく利用している。


「あれ、値段を半額にしたからって、量まで半分になってるとは思えないんだ」


「並盛の半分だと量が足りませんよね。ハーフ2個の方がお得説は納得がいきます」


「いやいや、何納得してるの?」


「でも、俊さんの言う通りだし」


 頭が痛くなってくる。ミユの思考回路はときどきよく理解できない。


「俊さん、続けてください」


「しかし、確かめてみないと本当のところはわからない。というわけで」


「何がというわけなんですか」


「これをネタにして記事を作ろう。学生にとっても役に立つ情報だろ」


 確かに、安くて多いが正義なうちの学生にとっても役に立つだろう。

 しかし、この企画、なかなかにしんどそうなんだが。


「で、誰が記事を書くんですか?」


「君たちにお願いできないか。記事を書く訓練にはちょうどいいと思うし」


「俺はちょっと自信ないんですけど」


 これまで俺は記事らしい記事を書いたことがない。


「はいはいはい。じゃあ、私が記事書きます!」


 珍しくミユが積極的だ。あの時以来じゃないかと思う。


「じゃあ、俺はミユの取材に付き合うってことで」


 俺たちは深夜の牛丼屋に取材にでかけることにしたのだった。


◇◆◇◆


「うーん。並盛は340g」


「ハーフ2個は、合わせて380gだよ」


「ちょとメモするから待って」


 並盛を計測する係は俺、ハーフを計測するのはミユ。

 器の重さは最初に計測して差し引いている。


「5回の計測で、(ハーフ2個 > 並盛)か。これなら良さそうだ」


「私ちょっと気持ち悪くなってきた」


「俺もお腹いっぱいだよ」


 2人で分担して食べていたのだが、俺とミユは既にギブアップ気味。

 なんとか最後まで食べ終わってから、俺たちは店を出たのだった。


◇◆◇◆


 27時を回った部室にて。


「ふわぁ。なんだか眠くなってきた」


 まぶたをこするミユ。


「そろそろ帰るか?」

「ちょっと、今日はここで泊まってみたいかも」

「シャワーはいいのか?」

「明日の朝入るよ」


 それなら俺も異議はない。


「そろそろ、寝ようか」


 部室には就寝スペースが男女別にそれぞれ4個ずつある。

 至れり尽くせりだ。


 共用の洗面所で歯を磨いた後、部室に戻ってきた。


「Byteの取材、初めてだけど、とっても楽しかった」


 満足そうなミユ。

 こういう活動で楽しそうなミユを見るのは久しぶりだ。

 俺まで嬉しくなってくる。


「ミユは今回やいけに積極的だったよな」


 高校のあの事件以来、何事にも消極的だった彼女。


「私も不思議なんだ。男の人にじろじろ見られていないからなのかな」


 胸に手を当てて言うミユ。

 少し納得が行く。Byteの部員は人に興味がない人が多い。


「私、少しは変われたかな」


 一朝一夕になんとかなるものじゃないだろうけど。


「ちゃんと変わってるよ。少しずつ積み重ねていけば、そのうちなんとかなる」

「そうかな」

「そうだって」


 まだByte以外の男子とは早いだろうけど、いつかは克服できると信じている。


「ねえ、リュウ君。見守っててね」

「もちろんだ」


 ミユを優しく抱きしめたのだった。

 身体に伝わってくる体温と胸の感触で少しドキドキする。


「?」


 不思議そうな表情のミユ。


「いや、なんでもない」


 そう誤魔化した。

 ふとした時にミユに「女」を感じてしまって困る。

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