第124話 クリスマス・イヴ(後編)


 イヴの晩に予約した店に来た俺たち。

 その店とは……回らないお寿司。イーヤスつくなみの近所にある、

 福寿司ふくずしというなんだか少し高級っぽいお店だ。


「回らないお寿司とか、滅多に来ないよな」

「うんうん。だいぶ昔に一回来たことがあるかな、くらい?」


 予約してあったので、店内にはすんなり入ることが出来た。


「しかし、意外と混んでるよな。いや、意外でもないのか?」


 イヴに和風の店、というのは空いているんじゃないか、と予想していたけど。


「和風か洋風かとかこだわらない人も多いんじゃないかな?」

「元々、外来のイベントだしな」


 単にお祝い事がしたいだけなのだ、皆。俺たちだってそうだし。


「それじゃ……メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


 かちゃんとグラスを鳴らして、ソフトドリンクで乾杯し合う。

 まずは最初に出てきた小鉢を味わう。

 入っているのは、お酢に漬けこまれたたこ


「うお。ウマっ!なんだ、これ。歯ごたえもいいし」


 お酢に漬け込んだだけとは思えない美味さだ。


「リュウ君、リアクションが派手すぎ!」

「いや、でも、美味いだろ、実際」

「それは……美味しいよ。レシピが気になるよね」

「高級寿司店でそこ気にするか」


 とはいえ、いつも料理を作ってくれるミユだ。

 そういうところは気になってしまうんだろう。


 続いては、お刺身。

 マグロ、イカ、サーモン、ブリ。

 あと、なんだかわからないお魚の刺身がいくつか。


「美味い。やっぱ新鮮なお刺身は最高だよな」

「イカもプリップリで美味しいー」


 魚は俺たち二人とも、好物と言ってもいい。

 舌鼓を打ちつつ、パクパクと食べていく。


「しっかし、木橋きばしたちはどこ予約したんだろな」

陽向ひなたちゃんの事がそんなに気になる?」


 さっきのアイス食べさせ合いの事を刺して来て、ウグっとなる。


「さっきの事は悪かったって。ほんと」

「冗談だってばー。陽向ちゃんたちは、フランス料理の店だって」

「いかにも、イヴ!って感じのチョイスだな。どっち発案だ?」

「陽向ちゃん。一度、恋人同士で高級ディナーやってみたかったんだって」

「だろうな。木橋なら、「ちょい高いとこ、適当でええやろ」とか思いそう」

「木橋君、意外と面倒くさがりだよねー」


 木橋とソコソコ接して来てわかった事がある。

 それは、何事にも面倒くさがるという事だ。


「あいつ、本音では、「イヴ?家でぬくぬくしたいわ」とか思ってそうなんだよな」

「リュウ君も人のこと言えないと思うけど?The 運動不足」

「Theって何だよ、Theって。最近、寒いから仕方ないだろ!」

「そう言って、秋もあんまり運動してなかったと思うけど」

「わかるんだけど、運動が習慣にならないんだよ」


 その点、こいつは凄い。

 週に2、3度は30分以上のジョギングを続けている。

 たとえ寒かろうが何だろうが、だ。


「何事も、始める時は辛いんだよ?」

「言いたいことはわかる、わかるけどな。今は、コタツが恋しい季節なんだよ」


 しゃべっている間に、次とその次がまとめて運ばれてきた。

 カレイの煮付けに、天ぷら盛り合わせだ。


「同じカレイでも、こんなに味違うもんなんだな……」

「ミドリだと、こんないいカレイ売ってないよね」


 時々、ミユがカレイの煮付けを作ってくれる事がある。

 もちろん、それも美味しいのだけど、さすがに味が違う。

 腕もあるけど、それ以上に素材が違うんだろう。


「天ぷらも美味しい。自炊だと、手間かかっちゃうよね」

「油の後始末とか大変だよな」


 しかし、言っててなんだが……


「比較対象が自炊になってるよな、俺たち」

「品目だけなら、お家でも作れちゃうからね」

「ま、でも、やっぱ、素材が違うよな」


 そんな事をしみじみと実感してしまう。

 お次は、寿司店らしく、にぎり盛り合わせだ。


「やっぱり、日本人なら、お寿司!だよね」

「何が、日本人なら、かわからんけど、美味いのはわかる」


 といいつつ、俺もパクパクと食べてしまっている。

 安い回転寿司じゃないのだから、もっと味わわなければ。

 そう思うのだけど、箸が止まらないのだから仕方ない。

 

 そして、最後にはお味噌汁のお椀。

 伊勢エビで取った出汁が自慢らしい。


「ウマ!伊勢エビの出汁ってこんな味するんだな……」

「うーん。幸せだよー。お家でも作れたらいいんだけどなー」


 味噌汁には、作り手の腕が現れると言う。

 なら、これを作った人は大層腕がいいんだろう。

 下手したら、寿司より幸せ感が高いかもしれない。


 そして、最後はデザート。

 いちごのロールケーキだ。

 いちいち感想を言うでもなく、美味い美味いとパクつく。

 

「あー、食った、食った」

「お腹いっぱい。今日はありがとう、リュウ君」


 幸せいっぱいという表情で微笑むミユ。

 

「どういたしまして。満足してくれて何よりだよ」


 初めてのイヴの夕食だけど、どうやら成功だった模様。


「ありがとうございましたー!」


 店員さんの挨拶を聞いて、店を後にする俺たち。

 すると……


「わあ。綺麗……!」


 興奮した様子のミユが、感嘆した様子の声を出す。


 見ると、昼間にはまだ少し地味だったツリーがキラキラと光っている。

 イルミネーションも色彩豊かで、紫がかった光が幻想的な雰囲気だ。


「ようやくクリスマス・イヴだって実感湧いてきたな」


 お寿司も良かったけど、この雰囲気はまた別だ。

 さりげなく手を繋ぐと、ミユも微笑みながら握り返してきた。

 いつも繋いでいる手だけど、イヴの夜だと特別感がある。


「去年は、みやこちゃんたちとイヴ会したよね」

「ああ、皆でわいわいやったよな。あれはあれで楽しかったけど」

「都ちゃんは、今日は、しゅん先輩とホテルで一泊、だって」

「やっぱか。で、誘ったのは、都、だろ?」

「俊先輩はむっつりだからね。都ちゃんが強く提案したんだって」


 押せ押せな都に引っ張られる俊さんを想像して頬が緩む。


「ま、俺達は、家で一泊、でいいよな」

「家で一泊って、何それ?」

「いや、言ってみたくなっただけ」

「ふ、ふーん。ひょっとして……もう、エッチぃこと考えてる?」


 ちらりとこちらを窺うミユの顔色は暗がりでよくわからない。

 でも、声色はなんだか照れている気がした。


「ま、まあ、そりゃな。考えるだろ」


 別に隠しても仕方がない。少し照れるけど、正直に答える。


「……」

「ひょっとして、ミユも照れてるのか?」

「それは照れるよ。恋人になって初めてのイヴだし」

「そういうもんか?」

「そういうものなの!」


 そんな事を話しながら、電車で帰路についた俺たち。


「やっぱり、おこたでぬくぬくだよね」

「外、やっぱ寒かったよなー」


 帰るなり、真っ先にこたつのスイッチを入れて、温まる俺たちである。

 いい雰囲気だろうが、寒いものは寒い。それが世の真理。

 あ、そうだ。


「ほい。クリスマス・プレゼント」


 手のひらより少し大きいサイズの箱を手渡す。

 当然、クリスマス仕様の包装だ。


「わぁ。ありがとう!開けてもいい?」

「当然」


 包装をミユが解いて、箱を開けると、出てきたのは電子機器のような何か。


「えーと……何、これ?」

「カイロだよ、カイロ。USBで充電して繰り返し使えるんだ。寒いから、ちょうどいいものないかなって探してたら、あったんだ」

「そっかー。でも、普段遣いに良さそうだし、大切にするね」

「おう。大切にしてくれ」


 喜んでくれたようで何より。

 と今度は、ミユが何やらがさごそしている。やっぱ、ミユも用意して来たか。

 ってやけに大きいな、おい。


「じゃあ、今度は私から。はい、これ」

「おお、ありがとう。でも、やけに大きいな。一体何なんだ?」

「開けてみればわかるから」


 その言葉に促されて、包装を開けて見ると……


「マッサージ器具?」

「そう。リュウ君、運動不足だからよく肩凝ってるでしょ?」

「なんかやけに耳に痛い言葉だな。でも、大切に使わせてもらうよ」


 ロマンのかけらも無いプレゼントだけど、現実的にお世話になる事が多そうだ。

 しばらく、無言でお互いスマホを弄ったりしてぼーっと過ごすしていた俺たちだけど、ふと、ミユが一言。


「ね。そろそろ……寝る?」


 視線をこちらと寝室で行ったり来たりさせている。

 それに、頬が赤いし、少し息が荒い。まあ、ソッチの事だよな。


「そ、そうだな……寝るか」

 

 どうにもこうにも、少しこそばゆい。

 イヴの夜だし……なんて、お互い意識しているせいだろうか。

 言葉少なに、お互い寝室に入って、ごろんとベッドに転がる。

 と思ったら、いきなり唇にちゅっと少し冷たい感触。

 俺もなんとなく雰囲気で応じていると、強引に舌が割って入ってくる。


「んむ」


 あれ?こいつが、ここまで積極的なのって久しぶりじゃないか?

 なんて内心で少し焦りながら、少し必死になって、こっちも舌を入れる。


「なあ、おまえ、今日はやけに興奮気味じゃないか?」

「だって。恋人になって初めてのイヴだし。それに、リュウ君も、期待、してるんだって帰りに思っちゃったら……」


 なるほどなあ。道理で、帰りは少し妙な感じだと思った。


「じゃあ、こっちも遠慮なく行くからな?」


 俺は俺で、いつも以上にミユが可愛らしく見えて歯止めが効きそうにない。


「うん。お願い」


「でも、家で、ていうの、俺たちらしいよな」


 服を脱がせ合いながら、ふと、思ったこと。


「高級ホテルで……とか、リュウ君には似合わないよ」

「どうせ、俺は高級ホテルが似合わない男だよ」

「いい意味で言ってるのに」

「どう考えても悪い意味だろ!」


 ムードもへったくれもないイヴの夜は、こうして更けて行ったのだった。

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