第125話 大晦日(前編)

 ガタン、ゴトン、ゴトン。

 電車の音が、静かな車内に響く。


「しっかし、もう大晦日とはなあ」


 窓の外を見ながら、つぶやく。時間はまだお昼過ぎだ。


「今日はお父さんたちに挨拶するんだから、しっかりね?」


 隣のミユから釘を刺される。


「もちろん。当然、お前もな」


 そう。今回は、俺たちが帰省するだけでなく、

 お互いの両親と俺達との顔合わせという意味合いもある。

 もっとも、全員お互いを見知っているのだから、今更だが。


「ふぅ。ちょっと、緊張して来たかも」

「緊張するにはまだ早いだろ。だいたい、普通に会食するだけだし」

「それが緊張するんだってば。私達の家族揃って、会食とか、初めてだよね?」

「それはさすがに初めてだな」


 今夜は、高遠家と朝倉家の両親が揃っての会食だ。

 結婚を控えて両家の交流を深めようという趣旨らしい。

 

「ちょっと大げさすぎとは思うんだよな」

「うんうん。ちょっと挨拶するだけでいいと思うの」

「ま、結婚が絡んだら、そうは言ってられないんだろうけど」


 正直言って、俺も少し緊張している。

 格好悪いところを見せたくないから、平静を装っているけど。


「「娘さんを俺にください!」とかやるのかな」

「まさかー。そんなベタなこと……やるかも」

「だよな。ほんと、どうしたもんだか」

「私も、「リュウ君を私にください!」とかやるのかな」

「さすがに、ミユの側はないだろ。ああいうの、男側のイベントだし」


 しかし、ほんと、どんなドッキリが仕掛けられているのか気が抜けないのも事実。


「今頃、みやこちゃんは京都の実家かー。京都、羨ましいなー」

「あいつの事だから、豪華な年越し蕎麦とか食べてそうだ」

 

 都こと九条都くじょうみやこは、古くから続く貴族である九条家の末裔。

 躾も結構厳しかったり、家同士の付き合いなんかもあるらしい。


「しかし、しゅんさんが岡山の田舎だってのは、ちょっと意外だよな」

「うん。もうちょっと都会のイメージがあったよ」


 俊さんの実家は、岡山の中でも僻地にあるらしい。

 それこそ、実家が田畑を所有していて、農業をやっているとか。

 あっちはあっちで、田舎コミュニティ独特のめんどくさい問題があるらしい。


木橋きばし陽向ひなたは大阪と。仲良くやってそうだよな」

「二人は同じ宿舎だっけ、そこで育ったんだよね」


 大阪出身の二人は、同じ官舎……宿舎との違いがわからないけど。

 とにかく、家族ぐるみの付き合いがある仲らしい。


「ま、夕食までは時間があるし、部屋でゆっくり寛ごうぜ」

「うん!」


 こうして、秋葉原から両国駅に乗り換えて、実家に帰省。

 挨拶も程々に、俺の部屋に二人して集まっている。


「つっても暇なんだよなあ。プログラムでも書くか」


 最近ハマっているのはプログラミング言語作りだ。

 木橋の影響を受けて始めたのだが、なかなか奥が深い。

 現在は、算術式と条件分岐、ループと変数がある程度だけど。

 それでも、色々なプログラムが書ける。たとえば、


constant N = input(">");

variable count = 0;

while count <= N {

 print(count);

 count := count + 1

}


 とすることで、0からNまでの数を画面に出すプログラムを書ける

 ようなプログラミング言語が出来た。


「ねえねえ、リュウ君。言語の名前って決めてるの?」


 隣のミユが興味深そうに俺のディスプレイを覗き込んで来る。


「つってもおもちゃ言語だしな……まんまだけど、Toyとか?」

「リュウ君。いくらなんでもまんま過ぎるよー」


 ミユからは微妙な目線を向けられてしまう。


「つってもな。まあ、命名は後だ後。ミユは何やってるんだ?」


 ふと、ミユのディスプレイをのぞき込むと意味不明な記号の羅列。


「何やってるのかさっぱりなんだが。説明を頼む」

「こないだの講義で、カリー=ハワード同型対応の話やってたでしょ?それで、プログラムで証明を書けるっていう話があったから、試してるの」

「これ、言語はHaskellか?Rustじゃなくて?」

「うん。最初、Rustでやろうとしたんだけど、難しくて……」

「そういうもんなのか」

「で、カズさんがそういうのはHaskell使えって言ってたの」

「あの人、Haskell好きだもんな。で、このプログラムか」


modusPonens :: 'a * ('a -> 'b) -> 'b

modusPonens (a, ab) = ab a


「なるほど。さっぱりわからん」

「(A ∧ A ⇒ B) ⇒ Bの証明」


 と一言で端的に言うミユ。

 「これは、Aであり、かつ「AならばB」がなりたつならば、Bが成り立つ」

 という意味で、そうそう難しくはない。


「その論理式の意味はわかるけど、Haskellプログラムとの対応がわからん」

「じゃあ、一から説明するね……」


 というわけで、しばし、お互いのプログラミングにふけったのだった。

 ふと、ピンポーンとインターフォンが鳴る。


「高遠ですけど。どちら様ですか?」

「あ、竜二兄?美園みそのだよ」

「久しぶり。鍵は開いてるから入っておいで」

「はーい」


 というわけで、夏の帰省時に会った美園ちゃんが遊びに来た。


「竜二兄と美優姉何やってるの?なんかわけわからない記号がいっぱいだけど」

「まあ、プログラミング関係の何かというと、そんな感じ」

「ふーん。難しいことやってるんだね。美優姉とは順調?」


 無邪気な顔で聞いてくる美園ちゃん。


「あー、実はさ……」


 と前置きして、事情を話す。


「え?竜二兄と美優姉、もう夫婦になるの?」

「あ、ああ。式とかはまだだけどな」

「おめでとう!竜二兄、美優姉!」


 その言葉には陰りがなくて、正真正銘祝福しているように見えた。

 美園ちゃんももう吹っ切れたのかな。


「美園ちゃんが応援してくれたおかげだよ。美園ちゃんは最近、どう?」

「実はね……私も彼氏が出来ましたー!」


 胸を張って、嬉しそうに言う美園ちゃん。

 ぱちぱちぱちーと二人揃って拍手をする。


「で、お相手はどんな人なの?年上の人?」


 早速、ミユはお相手の人が気になったらしい。


「うん。塾で会った高校生の人なんだけど。色々あって……えへへ」


 少し頬を赤らめながら、嬉しそうな美園ちゃん。

 夏はどうなることかと思ったけど、春が来たようで良かった。


「そっか。何にしてもめでたいな。こりゃ、美園ちゃんのお祝いもしなきゃ」

「竜二兄ー。それは大げさだってばー!」

 

 本当に幸せそうだ、良かった良かった。ふと、隣のミユから。


(美園ちゃん、春が来て良かったね)

(ああ、ずっと俺に片想いだと悲しかったしな)


 そんな事をひそひそと話し合った俺たちだった。


「じゃあ、それじゃ、ばいばーい。夫婦の二人の邪魔しちゃ悪いもんね」

「もう、美園ちゃん。まだ夫婦じゃないってばー」

「年明けたら夫婦なんでしょ?同じだってー。それじゃー」


 と、走り去ってしまった。


「なんだか、ちょっと照れくさいね」

「まあ、結婚するってのは、そういうことなんだろう」


 悟ったような事を言う俺もわかっていないけど。


「竜二ー。美優ちゃーん。そろそろ、会食に行く時間よー」


 部屋の外から母さんが呼びかける声。


「いよいよ、会食かあ。何聞かれるのかな?」

「さあてな。とりあえず、婚姻届にサインもらえればいいだろ」


 というわけで、ミユは家に帰って、俺は俺で着替えて会食の準備。


(いよいよ、両家にお披露目ってか)


 ちょっと緊張するけど、なんだか気分が高揚してきた。

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