第126話 大晦日(後編)

「この度、竜二りゅうじ君と結婚させていただくことになった、朝倉美優あさくらみゆうです。その、よろしくお願い致します」


 実家近くの中華料理レストラン鳳凰楼ほうおうろうにて。

 滅茶苦茶堅い挨拶をミユが繰り出していた。


「美優ちゃん。そんな畏まらなくてもいいのよ。でも、よろしくね」


 緊張している義理の娘を見かねたのだろう。

 我が母、高遠幸子たかとおさちこが優しい声で諭す。


「そうだそ、美優ちゃん。別に今日は気兼ねなく、おしゃべりしに来たんだから」


 と我が父、高遠二郎たかとおじろうも優しく言う。

 インフラ屋さんで、主にLinuxサーバのメンテナンスなんかをやっている。

 俺と美優の想い出のきっかけ(※第60話参照)を作った人でもある。


「そうそう。適当でいいんだって。適当で。で、えーと……」


 今度は俺の出番だろうと考え、言葉を探すが頭が真っ白になっている。

 

「この度、美優さんと結婚させていただくことになりました。高遠竜二です。よろしく、お願い致します」


 結局、ミユと変わらないくらい堅い挨拶をすることになった。


「竜二君もそんなに堅くならないでいいのに。ねえ、あなた?」


 ミユの母である美智子みちこおばさんが愉快そうに話を振る。


「そうそう。今日はおめでたい席なんだ。堅いことはいいっこなしだ。ははは」


 そう言って笑うのは、ミユの父である紳助しんすけおじさん。


「私の時は適当でいいって言っておきながら。おかしいんだから」


 ミユの奴に忍び笑いをされた。くそう。


「あ、そうそう。忘れない内に。これ、同意書に記入と押印欲しいんだけど」


 会食している内に忘れないように、俺と美優の欄を記入した

 結婚届をファイラーから取り出す。


「そういえば、竜二たちはまだ未成年だったわね」


 言いながら、さらさらと婚姻届下部の「その他」欄に記入押印している。

 加えて、証人欄にも。手慣れたもの、と言った感じだ。


「母さんも以前にひょっとして書いたことが?」

「実はねえ。この人と結婚した時、は未成年だったの。ほんと、懐かしいわあ」

「君の時は、ご両親がもうちょっと頑固だったけどね」


 初めて知る父母の事実だ。まさか、母さんもそうだったとか。

 道理で、以前に帰省した時に、やけに積極的だったわけだ。


「じゃ、後は、ミユ。そっちの方にも。証人の片方は紳助おじさんに」


 婚姻届をミユの方に、ミユから紳助おじさんに。

 二人で話し合って、証人の内、もう片方はミユのお父さんにした。


「ふーん。ひょっとして、「娘さんを俺にください!」とでも?」


 美優の結婚に許諾および証人欄に記入しながら、紳助おじさんはどこか愉快そうに言う。


「別にそういうわけじゃないけど。一人娘をもらうなら、男親がいいかなって」

「竜二君もよくわかってるじゃないか。そう。わかっていても寂しいもんだよ」

「何よそれ。私が寂しくないみたいじゃないの!?」

「いやいや、そうは言ってないって。男親にとって娘ってのは特別なもんなんだよ」


 美智子おばさんと紳助おじさんが和やかに掛け合いをしている。

 その様子に、結婚を反対する様子がないのがわかって俺もほっと一息だ。


「はい。年明けに市役所に出すんだろう?無くさないようにね」


 紳助さんは営業職故だろうか。いつも笑顔を絶やすことがない。

 「あれで、お母さんに頭上がらないんだよ」

 とはミユの弁だ。


「はい。ありがとうございます。あ、もう料理来るな」


 相手が美優の両親だけあって、敬語を使うべきか崩すのか微妙に迷う。

 そうこうしている間にも、まずは前菜としてスープが運ばれてくる。


「うん。美味い。久しぶりだが、さすがの味だ」


 父さんが満足げにスープをレンゲで掬って飲む。


「最後に来たのいつだっけ?なんか、中学の頃だった気するんだけど」

「確か、竜二が中3の頃ね。きっかけは覚えていないのだけど」

「……あ。そうだ!高校の合格祝い」

「ああ、そうそう。合格祝いね。ほんと、懐かしいわあ」


 和気あいあいと昔話を繰り広げる我が家。


「ああ、そういえば!」

「?」


 思い出したような声を出すミユの方を見る。


「豪華な中華料理屋行って来たって、自慢されたの覚えてるよ」

「ええ?自慢はしてないだろ。単になんとなく話しただけで」

「自慢だよぅ。美味しいフカヒレのスープだったとか何だとか」

「いやいや、単に味の感想だって。自慢じゃないって」


 3年以上前のことを持ち出す俺たちに、生暖かい視線。


「ああ、昔のことはどうでもいいな。うん」

「そうだね。やめよっか。うん」


 慌てて、言い合いを止める。


「これなら、結婚しても夫婦円満間違いなしだね」

「違いない」


 くだらない言い合いを見て、かえって安心されるとは。

 なんともむず痒い。


 その後は、和やかに、同棲後の暮らしぶり。

 加えて、二学期に入ってきた木橋きばしやおっかけてきた陽向ひなたの話、Byteの面白おかしい活動の数々を話したりして、和やかに会食は進んだ。


 デザートを食べ終えてゆっくりしていた頃。


「竜二君。美優は、変わったところがあるがいい娘だ。幸せにしてやってくれ」

「そうね。私からもお願いするわ」


 おじさんおばさんから揃って頭を下げられてしまう。


「はい。必ず」


 今までの分も、これからの分も、きっちり信頼に応えないと。


「美優ちゃん。竜二は、人の気持ちに疎いところがあるけど、大事にしてやってね」


 母さん。遠回しに、ミユの気持ちに気づかなかった事を言っているのか。


「まあ、食うに困るような事はないと思うが。もしあったら遠慮なく頼ってこい」

「ああ、ありがとう。父さん」


 こうして、和やかなムードのまま、両家一同の会食は終わったのだった。


「あ、でも、避妊はきちんとしておきなさいよ、竜二」

「そうそう。美優も無理やり迫られたら拒否していいんだからね?」


 母さんにおばさんはそこだけ強調していたので、二人して苦笑いだった。


 会食が終わった夜の事。

 たまには、ということで、俺がミユの部屋に泊まりに来ていた。


「ミユの部屋で泊まりって、中学以降は初めてだよな」

「うん。もう、同棲しちゃってるけどね」


 部屋でなんとなく落ち着かない気持ちになった俺達は、話で気を紛らわすことにした。


「高校の頃に付き合ってたら、ここで寝泊まりとかあったのかね」

「どうだろ。さすがに、おばさんたちに止められてたかも」

「いやあ。うちの母さんだと、面白がるだけだったぜ、きっと」

「おばさんには、よく、リュウ君の愚痴、聞いてもらってたなあ」

「おま。今更、それ持ち出すかよ……」

「冗談だよ、冗談。でも、今に不満はないけど……」

「けど?」

「高校の頃に付き合ってる世界も見てみたかったかも」

「だな。もっと甘酸っぱい青春もあったかもしれない」


 早くに付き合ってるなら、アイツが妙な勘違いをすることもなかっただろうか。

 もう戻らない関係だが、ふと、そんな違う未来のことを考える。


「考えても仕方ないよ。寝よっか」

「ああ、そろそろ眠くなって来たし」


 少し狭い一人用のベッドに、二人して入る。

 明かりは常夜灯のみ。


「なんだか……不思議な気分」

「不思議っつうと?」

「もう、私たち、結婚するんだなって。遠い未来だと思ってたのに」

「ああ、それは俺も同感。夫婦、になるんだよな、俺たち」


 横向きになって、向かい合って見つめていると、心臓の鼓動が激しくなってくる。

 

「なんかさ、その。ミユの事抱きたくなってきた、んだけど」

「私も。でも、お母さんたちにバレないかな?」


 気にしてか、小声でひそひそと話し合う。

 バレるかどうかか……向こうだと考えることが無かったな。


「大丈夫だろ、たぶん。声、抑えれば」

「リュウ君関係ないからって、適当な事言ってるでしょ」

「つっても、出来ないわけじゃないだろ?」

「それは……出来るけど。変なことしてるみたいじゃない?」

「変なことじゃないか?十分」


 了承が得られたと判断して、パジャマのボタンを一つ一つ外していく。


「あ、もう元旦になってる」

「ほんとだ。あけましておめでとう、だな。今年もよろしく、ミユ」

「うん。こっちこそよろしく、リュウ君」


 ひっそりと新年の挨拶を交わしながら、俺達の夜は更けて行ったのだった。

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